第55章 ラヴァーズ・パニック Ⅲ
(運が良かったのか、それともナメられてんのか――――――)
縢はまだぼんやりとした思考回路で考えを巡らしてみたものの、その答えは得られなかった。
縢の耳朶には、延々と野太い喘ぎ声が届き続ける。それを振り払うようにして、縢は思考を続ける。
(ドミネーターは当然無いし、武器になりそうな装備類も一切無し。)
細心の注意を払いながら、こっそりと執行官デバイスを操作してみたが、案の定「圏外」の文字。ジャミングでもされているのか、それともこの建物か部屋が電波暗室状態になっているのか、或いはもっと他の要因によるものか。今の縢に、それを特定する術は無い。しかし、国内でも有数の技術を寄せ集めて作られた執行官デバイスが、「圏外」と表示しているのだ。すぐに公安局からの救援が来るとは考えにくい。何せ、『執行官』という狂犬の首輪と鎖の役目を果たすのが、執行官デバイスだ。そのための装置が「圏外」と表示するというのは、余程のことだ。これでは、仮にドミネーターを携行していたとしても、鈍器にしかならない可能性が高い。
(状況は良くない、よな。だって、圏外だったら、俺とコウちゃんの居場所も、公安局が掴みきれてる可能性が低いワケだし。こっちから通信しようにも、圏外じゃどうしようもないし……。)
縢は、内心で溜め息を吐いていた。
―――――ガチャ、
扉が開くような音がした。
因みに、相変わらず縢の前では大男同士が裸で睦み合っては、気持ち悪い喘ぎ声を上げている。
「アラアラ、随分お盛んね。ロミオ。」
クラブバーでも聞いたことのない、気持ちの悪い裏声。縢は俯いて意識の無いフリをしているため、顔や姿は見えないが、声の主は明らかに男性だ。男性が裏声を使って、無理矢理女性らしい声を作っている。
(……っていうか、そんなコトするぐらいなら、デバイスか何か使って、人工的に女声出せばいいじゃん……。気持ち悪ィ……。)
縢は、内心でそう毒づいていた。