第54章 ラヴァーズ・パニック Ⅱ
「行くぞ。」
狡噛が、低く呟いて、足早にその場を後にする。
人間は、何かに注意を惹きつけられているときほど、自分が注意している対象以外に対して、注意が散漫になる。良し悪しは別にして、これほどに衝撃的な舞台であれば、多くの衆目を集めるのが道理だ。だからこそ、狡噛は、売買取引が行われるとするなら、この瞬間である可能性が最も高いと判断した。狡噛は、この時間に、人気(ひとけ)が少なくなりそうな場所――――――例えば、トイレや舞台の裏、物陰や通路など、比較的死角になりやすい場所に検討を付け、歩き回った。同時に、潜入捜査に参加していない、宜野座、征陸、六合塚も、クラブバーの外側に怪しい動きが見られないかを調査した。
しかし、それらしい動きは全く見られなかった。
こうして、潜入捜査2日目も、失敗に終わった。
「今日のところは、ハズレ……ってコトだね。それにしても、あの熊男……、なんつーモン見せるんだっての!あ゛あ゛あ゛―――!気持ち悪ィ!思い出しただけで、吐きそーだし!しかも何なの、アレ!今まで自分が巻いてた使用済みふんどしを客席に投げるとか、意味分かんねーよ!!」
縢は、心底気分が悪い、といった具合に吐き捨てた。
「そうか?まぁ、踊りとパフォーマンス自体は酷い代物(シロモノ)だったが、体はよく鍛えられてるとは思うぜ?特に、あの上腕二頭筋。」
狡噛は、爽やかに言い放ったが、縢にとってはどうでもよかった。この時に、縢が願っていたのはたった1つ。この、既にぐだぐだな捜査が、一刻も早く終了することだけだった。