第54章 ラヴァーズ・パニック Ⅱ
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「昨日の潜入捜査は、見事に出鼻を挫(くじ)かれたな。」
征陸が、苦笑しながらそう漏らした。
「だが、分かったこともある。それは、あの店のオーナーの意向で、2か月ほど前から、男性カップル専用の店になっていたことだ。最初に、薬物取引に関する通報があったのが約1か月半ほど前だ。これは、全く無関係とは言えない可能性もある。」
狡噛が、データを参照しながら、所感を述べる。当然、内部でのやりとりは、執行官デバイスを通じて、刑事課や分析室に送信され、データとして保存される。昨日のやり取りも、音声データとして残されている。
「男性カップルしか、入店できないのか……。それならば、狡噛と縢、今夜からはお前らが潜入しろ。」
宜野座は、幾らか思案した後、そう言い放った。
「おいギノ!?」
「ちょ!?ギノさん、正気!?」
これには、流石に刑事課一係一同、驚きを隠せなかった。普段はポーカーフェースの六合塚ですら、口を半開きにしている。
「っていうか、大丈夫なの、それ?俺とクニっちは昨日、潜入しようとして、失敗してるんスよ!?店員とかに顔覚えられてたら、逆に怪しまれると思うんですけど!?」
「一理あるな。もし、昨日ので顔を覚えられていた場合、捜査は高い確率で失敗するだろう。」
縢と狡噛の正論に、宜野座は一瞬反論できなかった。
「では、狡噛と征陸……。……。………………、……………は、……無理だな。……とにかく、狡噛、縢。お前らは夜に備えて用意をしておけ。特に縢。昨日とは別人に見えるように上手く変装しろ。これは監視官命令だ。以上。」
宜野座の一言で、狡噛と縢が恋人として潜入することが決まってしまった。執行官である狡噛と縢には、どうすることもできない現実。
狡噛はその後、無言でタバコを吸っては、その煙を眺めていた。縢に至っては、作成しておけと言われていた報告書の存在を無かったことにして、新しく購入した格闘ゲームに没入して、捜査までの時間を潰していた。