第53章 ラヴァーズ・パニック Ⅰ
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「……失礼します……。」
だからと言って、すぐに自分の部屋に帰る気にもなれず、適当に公安局内をブラついた挙げ句、辿りついたのは分析室だった。
「あら、悠里ちゃん。どうしたの?珍しいじゃない。仕事が終わっても、ココへ来るなんて。シュウくんと何かあったの?」
唐之杜先生は、椅子に座ったまま、体ごとくるりとこちらを向いた。薄暗い分析室で、グロスを塗った唇が艶めかしく光っていた。相変わらず、ちょっとした仕草でさえも色っぽい。でも今は、私は私の感情で手いっぱいだ。
「……ぅ……。」
「悠里ちゃん、分かり易過ぎね。まぁ、あと10分もすれば、コッチの作業もひと段落だから、ちょっとそこで待ってて頂戴。座ってていいから。」
先生は私にそれだけ言うと、再びパソコンへ向き直って、仕事を再開した。
10分後、先生は言った通り作業を一旦終えて、コーヒーを持って私のところへ来てくれた。
「……で?何があったの?」
私の正面に腰掛けて、コーヒーを一口飲みながら、話し掛けてきてくれた。
「えっと……。その……。秀星くんが……。浮気……、して……。」
意気消沈しながらも、私は何とか言葉にした。でも、先生から帰ってきた言葉は、私の予想とは思いっきり違うものだった。
「それは無いと思うわ。」
それは、ハッキリと。キッパリと。清々しいまでに言い切ってくれた。
「え……!でも……!」
「シュウくんは、悠里ちゃん一筋だもの。わたしが保証する。」
『俺は、その……、悠里ちゃん、一筋だし……!』
秀星くんの言葉が、生々しく脳内で再生された。じゃあ、あれは――――あのキスマークは何なの?