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シャングリラ  【サイコパスR18】

第52章 ディストピア 後編


「今日のも美味しそうだね!」
「そう言ってくれるんなら、こっちも作り甲斐があるよ。」

 悠里ちゃんは、美味しい美味しいと繰り返しながら、箸を進めていく。普段と比べて、悠里ちゃんは箸の進みが早い気がする。仕事終わりで、わりと空腹なんだと思う。……本人には言わないが。

 適当に食べ進めたところで、空いた食器を片付けて、デザートとお茶を持ってきた。俺が、再び腰を下ろしたところで、悠里ちゃんはふと話し掛けてきた。

「そう言えば、秀星くんって、『執行官』なんだよね……?」
「……っ、ん、何?……突然?」
 俺は、今日見ていた夢を咄嗟に想起してしまい、反応が遅れた。
「い、いや……、今更だけど……。」
「何?……。」
 わずかな沈黙が嫌だ。何を言おうとしているんだろう……。
「そういえば、さ。私、秀星くんから、ちゃんと『お仕事』の話とか、聞いたこと無いなぁ……って。」
「うん……。まぁ、ね。」

 そんなの当然だ。執行官の仕事なんて、その内容は大概酷い実態だ。『健康な市民』に聞かせるものでもないし、そうでなくても、聞いた人間の気分がよくなる話には、ほぼ百パーセントならない。そもそも、『執行官』は、『市民を守る盾』だとか言われているが、実際の姿はそんな生易しいモノじゃない。『健康な街』が聞いて呆れるほどに、醜悪でおぞましい光景を、嫌というほどに見せつけられるのが、『執行官』だ。いや、それですら婉曲表現だ。醜悪でおぞましい光景を見るだけじゃない。場合によっては、醜悪でおぞましい光景を、より凄惨なものにすることだってままある。複数の犯人たちが殺人を犯している現場に登場した『執行官』が、結果としてその場にいる『執行官』以外の人間を全員殺す、なんていうことだってあるのだ。『市民を守る盾』なんていう比喩は、一体誰が考え出したものなのか知らないが、果てしないほどに欺瞞に塗(まみ)れた表現だ。
 シビュラが、いくら『健康』『安全』『クリーン』を掲げていても――――――いや、そうやって不都合な事実を市民の目の届かない場所へ押し込めれば押し込めるほどに、悪意は行き場を失い、暴走する。そんなイカレた光景を、俺も、幾度となく目の当たりにしてきた。執行官である俺だって、そんな話を進んで聞きたいかと問われれば、間違いなくノーと答える。
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