第51章 ディストピア 前編
俺の口元は、知らず吊り上がっていた。
俺の目の前には、無防備に過ぎる悠里ちゃんがいる。とは言え、これは夢だ。あぁ―――――確か、夢って、自分の欲望や願望が出てくることがあるんだっけか。いつぞや、電子書籍で読んだことがある気がする。それがいつだったか、何の本だったのか、記憶は定かではないし、もしかしたら、俺が間違って記憶しているのかもしれない。それでも、この状況は、俺が心のどこかで望んでいる光景――――――いや、常に、俺が押さえつけている想像だ。本当は、いつだって悠里ちゃんをメチャクチャにしたい。本当は俺だって、俺から悠里ちゃんを誘って、いやらしいことをしたい。
俺は、眠っている悠里ちゃん―――――正しくは、俺の夢の中にいる悠里ちゃんの肩に手を置いて、揺さぶった。乱暴にしたいわけじゃない。けれど、ここは現実じゃない。俺の頭の中だけにある世界だ。シビュラが支配する檻の中じゃない。俺の頭の中だけにある世界だ。だから少しぐらい、赦されるはずだ。
俺は、腰のホルスターに入っていた手錠を取り出した。俺は悠里ちゃんの右手と、ベッドの柵を繋いだ。現実なら、絶対にありえない光景だ。スタンバトンや手錠といった仕事に必要なアイテムは、監視官の認証によって支給されなければ、執行官は使用することはおろか、手に持つことすら出来ない。あぁ―――――ここは、本当に非現実、夢の中なのか。
「ん……、秀星くん……?」
悠里ちゃんが、やっと目を覚ましたようだ。しかしすぐに、自分の右手に自由が無いことに気が付いたようだ。
「ちょ……!これ……、なに……?」
悠里ちゃんは、信じられない、といった様子で、自分の頭上にある繋がれた右手と、俺の顔を交互に見ている。夢の中なのに、反応まで悠里ちゃんそのものだ。裏を返せば、俺の中に、それだけ悠里ちゃんの存在が確かにあるということになる。その事実に、俺は何とも言えないような気分になる。