第51章 ディストピア 前編
悠里ちゃんが、俺のベッドで眠っている。ひどく穏やかで、安らかな寝顔だ。
俺が近づいても、悠里ちゃんが起きる気配は全く無い。
俺は、引き寄せられるようにして、悠里ちゃんの眠るベッドへと近づいた。
穏やかに、規則的に聞こえる寝息。微かに、それでいてやわらかに上下する胸を、じっと見つめる。部屋は薄暗いというのに、悠里ちゃんだけは妙にくっきりと見える。まるで、悠里ちゃんの周りだけが、現実から切り離されているみたいだと思った。
悠里ちゃんは、布団も掛けずに俺のベッドで眠っている。上はキャミソール1枚に、下はパンツだけだ。ブラジャーも身に着けていない。それとは対照的に、俺はいつもの仕事着だった。デザイナーズブランドの上着の下には、黒いシャツ、ネクタイ。下半身も、いつもの黒いズボンに、腰にはベルトが2本通っている。ドミネーターこそ無いが、腰のホルスターもそのままだ。
俺は今日、出動があって、潜在犯をパラライザーで執行した後、夜中に部屋へ戻って来たはずだ。シャワーを浴びて、適当に着替えて、軽く夜食をつまんだ後――――、そうだ、疲れてた俺はそのままベッドで寝たんだった。
あぁ―――――、だから、“ここ”に悠里ちゃんがいる筈なんてない。よく見れば、俺のベット、微妙にこんなんじゃなかった気がする。ディティールが違う、とかいう感じだ。それに、着替えたはずの俺がなんでまだ仕事着なんだよ。つまり、これは正真正銘、夢の中だ。知っている。俺は今、夢の中で、自分は夢の中にいると自覚している。こういうのを、明晰夢(めいせきむ)なんて呼ぶんだっけか。人間の頭の中で感じる、前時代的なヴァーチャル・リアリティ。俺はどうやら、すっかり夢の中ということらしい。それにしては、意識が冴えている。