第50章 御伽話 Ⅵ
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「朝倉瑠璃、落ちたようですね。」
感情の無い声で、糸目の外国人、チェ・グソンが淡々とした調子で呟いた。声は出しているが、グソンがその手を休めることは無い。今も、カタカタとキーボードを忙しなく操作している。
「ふぅん……。」
槙島は、さしたる興味も無いように、手にしている本のページをめくりながら相槌を打つ。実際、もはや朝倉瑠璃の死は槙島にとって何ら興味をそそるものではないのだから、当然と言えば当然のことだ。
「まぁ、素人にしては頑張ったんじゃないですか。」
チェ・グソンも、槙島同様、朝倉瑠璃に対して何も思うところは無い。
「それより、喉が渇いたな。紅茶を淹れよう。君もどうだい?」
槙島は持っていた本を閉じ、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「ありがとうございます。俺もいただきます。あぁ、茶くらい、俺が淹れてきますよ。ダンナはそこで座っててください。」
チェ・グソンはノート型PCの作業を一時中断して、立ち上がろうとした。
「構わない。君こそ、まだ仕事があるだろう。今回はまた、官営施設へのクラッキングに、薬の仕入れ、事後処理と、散々君を遣ってしまったからね。」
穏やかな槙島の声が、セーフハウスに響く。
「それについては、お気になさらず。まぁでも、お言葉に甘えて、俺は作業の続きをしますね。」
チェ・グソンは、ディスプレイへと視線を戻す前に、槙島へと視線をやった。本当にこの人は、現実感も無いぐらいの、ぞっとするほどの美貌だ―――――チェ・グソンは、改めてそう思った。
「どうしたんだい?チェ・グソン。」
甘い声が、自分の名前を呼ぶ―――――――――なるほど、この声は甘い毒だ。一緒にいる時間が長いと忘れがちになるが、この声は毒の一種なのだと、チェ・グソンは改めて理解した。
「いえ、何も。それより、次の仕掛けはどんなものにする予定で?」
チェ・グソンは、左右に1度頭を振って、ゆっくりと義眼を覗かせながら槙島を見上げた。
「そうだね……。まぁ、急ぐ話じゃない。紅茶でも飲みながら話そうじゃないか。」
そう言って、槙島はキッチンへと足を進めた。
チェ・グソンは、キッチンへと向かう槙島の背中をしばらく見つめてから、作業を再開した。