第48章 御伽話 Ⅳ
『何か、あったのかな。』
『……!?』
朝倉は、なぜか直感することができた。この声は、絶対に自分に向けられている、と。自分は、知らない誰かに声を掛けられている、と。声すら上手く出せないまま、朝倉は振り返った。そこには、白い男が立っていた。それも、浮世離れした、アルカイックな微笑みを湛えて。
銀髪に、切れ長の目。黄金の瞳。背はすらりと高く細いが、決してひ弱な印象を与えない。淡い色のインナーに、白いジャケットをお洒落に着こなしていた。下半身はジーパンだったが、安っぽい印象など全く与えないのが、朝倉には不思議だった。年齢は、……分からないが、恐らく20代だろう。
その瞬間に、朝倉は色相の濁りなど忘れてしまったのだ。本来ならば、そんなことはあり得ないが、目の前にいる白い男には、朝倉の意識全てを一瞬にして奪うだけの、それだけの何かがあったのだ。
『あ、え……、ど、どちら様、……でしょうか……?』
朝倉は、全身が呪縛に掛けられたような心地を覚えた。それでも、何とかして、自分の喉笛を鳴らす。浮世離れした美青年。それでいて、性的な魅力とは隔たれた存在。目の前の男に、朝倉は再び息を呑んだ。
『ここじゃあ、ゆっくり話も出来ない。どこかへ移動しよう。』
周囲の人間は、横断歩道を渡り始めていた。どうやら、信号が赤から青に変わるぐらいの時間は、経過していたらしかった。目の前の白い男の呪縛は、朝倉から時間の感覚さえも奪っていた。白い男は、朝倉の返事を待つこともなく、ひとりでに歩き始めた。
手を引かれた訳でもないのに、旧知の仲というわけでもないのに、朝倉は突然現れた白い男の背中を追って歩いた。朝倉からすれば、自分の足が自分のものではないような感覚だった。この時既に、朝倉瑠璃という存在は、この白い男に支配されていたのかもしれない。
何分歩いたのか。それとも何十分と歩いたのか。白い男は、朝倉に話し掛けるどころか、振り返ることもせずに、歩き続けた。