第5章 名前
「アハハ、残念。タコライスに、軟体動物の蛸は入ってないよ。ホラ、こっち来てみる?」
かがりさんは、カウンターの内側に入るように促してきた。私は、促されるがままにカウンターの内側へ入り、かがりさんの手元を覗き込んだ。今はどこの家庭にも置いていないであろうフライパンの上で、牛肉?がパチパチと音を立てていた。香ばしい匂いの正体は、これだったのか。はじめて「料理」をしていところを見たけれど、私の感覚としては、まるで手品でも見ているかのようだった。かがりさんは、さらに、フライパンに調味料と思しきものを次々と投入していく。そして、手早くホカホカのごはんの上に乗せて、チーズと野菜をトッピング、最後には別の小さなフライパンで焼いていた目玉焼きを乗せて、「料理」を完成させた。カウンターの前に置かれていたテーブルの真ん中には、いつの間にかサラダが置かれていた。そこに、完成したタコライスと、温かいスープが並んだ。スープは、昨日作ったものを温めただけとのことだ。
「わ……!美味しそう!」
テーブルの上に並んだ料理は、本当に美味しそうだった。
「それに、コレ全部天然の食材だからね!加工されまくったバイオパーツとは違うの!味わって食べてよね!」
天然の食材?それは希少だと聞く。つまりそれは、値が張るということではないのだろうか。
「そんな高価なものをご馳走になってしまって、いいんですか?」
相手の財政状況を確認することにもなりかねないが、流石に口にせずにはいられなかった。
「え?そんなん、気にしなくていいの!それに、これはとっつぁんに頼んで、知り合いから仕入れてもらってるから。」
「とっつぁん?」
「職場の人!まぁ、細かいことは、食べながら話そ!冷めちゃうよ!」
テーブルを挟んで、向かい合わせに座る。かがりさんは、「飲み物はとりあえずお茶でいい?」なんて訊いてくれた。軽口と冗談が多いかがりさんだけど、この人も普通に気の利く人なのかもしれない。