第5章 名前
……。
「……、ぇ、え?」
しまった、やってしまった。図星をつかれて、完全に反応が遅れてしまった。当たり前すぎるが、過ぎ去ってしまったタイムラグはどうやっても埋められない。焦りと図星をつかれた恥ずかしさとで、自分の顔に熱が集中していくのを感じた。どうしたらいいの、この状況。まずは何でもいいから返さないと……!
「そ、そんなわけ、ないじゃないですか。わたしたち、ほぼ、初対面ですよ?」
さらにやらかしてしまった。これは明らかに駄目。完全なる棒読み。不自然を絵に描いたような喋り方になってしまった。今時、フリーの合成音声ソフトでも、こんなヘタクソな棒読みはしない。失笑モノだ。いや、この状況で私は失笑すらできない。冷や汗が背中を流れていくのを感じた、ような気がした。かがりさんが手元の作業に集中しているのがせめてもの救い。
「……あー、悠里ちゃん?そういう時は、……ホラ、調子に乗らないでよ!とかさ、突っ込んでくれていいからね?全然。」
ややあってから、かがりさんが口を開いた。
「……はい。えっと、……次からはそうします、ね……?」
最後は消えそうなほどの音量で返事をするのがやっとだった。
暫しの沈黙。その沈黙が妙に湿度を帯びていて、重かった。かがりさんが「料理」している音だけが、部屋の中に妙に反響している。……、そうだ!
「あの、かがりさん、何を作っているんですか……?」
「ん?あぁ、タコライスだよ。」
良かった。私の言い方は相変わらず棒読みに近いけど、自然に会話が繋がりそう。私は可笑しげなところで安堵を覚えたけど、この際、自分の可笑しさには目を瞑って、自然な会話を続けることに集中しよう。
「たこ、ライス?」
聞いたことのない単語。蛸というと、あの軟体動物だろうか。
「ごはんに蛸が入ってるんですか?」