第45章 御伽話 Ⅰ
本田は、その場に膝をついて、狡噛の足元に崩れた。それこそ、そのはずである。彼は「責任者」という立場である。彼を責任者とするこの園で殺人事件などという最悪の出来事が起こったことは、その立場が危ういものになることを意味している。しかも、それが公(おおやけ)になってしまえば、彼が今まで築き上げてきた地位が一瞬でパアになってしまう。運の悪いことに、今日は休日だ。何千人という人々が、この園の中で余暇を過ごしているのだ。殺人事件が起こったと来園者に発覚してしまえば、この園を中心に大規模サイコハザードが発生すること間違いなしだ。そうなってしまえば、責任者である本田は、どのような形で「責任」を取らされることになるのか、彼には見当もつかない。本田の内心としては、殺人事件が起こって職員の1人が失われたことよりも、「責任者」としての地位が危うくなることを、心の底から恐れている。
「う、う、うああぁぁぁぁぁ!」
本田は半狂乱になりながら、宜野座の足元で泣き叫んでいる。恐らく、彼のサイコ=パスは、この短時間の間に過度のストレスに晒され、危機的な状態にあるのだろう。
「落ち着いてください。とにかく、そこに座って、呼吸を整えてください。」
宜野座が、本田に落ち着くように促す。
「あ、あぁ……。」
言いながら、本田は何かを思い出したように、ポケットに手を突っ込んだ。そして、錠剤を幾らか手の平に乗せ、一気に飲み干した。
(向精神剤か……?)
狡噛は、本田が薬剤を飲む様子をじっと見つめていた。本田が飲んだのは、向精神剤だ。サプリメントのように、簡単に入手できるものではなく、医師の処方箋が無ければ入手できない薬剤だ。サイコ=パス治療に用いられる薬剤というのは何種類も存在する。悪玉神経物質をブロックするだとか、善玉神経物質の働きを促進するだとか、様々に宣伝広告がなされては一般に流通しているが、実際に如何ほどの効果があるのかは、正直なところ眉唾である。―――――――本当に効果があるのなら、この社会から『潜在犯』というカテゴリーは消えているのだから。ただ、全ての薬剤全て、何の効果も無いかと言われれば、それも違うようだが。