第39章 ヒトリ
『さぁ、僕に触れて。』
VRゴーグルから、甘い声が聞こえてきて、私の脳内を揺さぶる。完全に余計なことを考えていた私の思考が、目の前の男性によって引き戻される。グローブを装着している、私の右手が、無意識にピクリとなった。
『クス、可愛いね。緊張しているのかな?』
VRグローブから、私の動きを感知しているらしい。男性は、そう言いながら、VR空間内で「私」を―――――正しくは「私のアバター」の手を引いて、部屋の奥へと進んでいく。部屋の奥には、キングサイズのベッドが置かれている。この部屋だって、私の部屋の数倍はあるだろう。照明は、明るすぎず暗すぎず、絶妙だった。説明を読み飛ばしている私にはよく分からないが、何処かのホテルにでもいる設定なのだろうか。広い部屋の割には、私物がほとんどなく、生活感の欠片も無い部屋。
『可愛いね。もう期待しているのかな?せっかちなお姫様だ……。』
男性は、私のアバターを背中から抱き寄せ、耳元で妖艶に囁いた。低音が甘いだけではなく、吐息までもがリアルで、VRゴーグル越しに温度や湿度まで感じてしまいそうなほどだった。
「……っ……。」
思わず、唇を噛む。どうやら、私はこのVRソフトで興奮しているらしい。ほんの少し、体温が上昇したような気がする。私の頭の中の冷えた部分が、そんなことを静かに分析している。
男性は、アバターをベッドの近くまで連れて行くと、ゆったりと押し倒した。今は、アバターの視点がそのままVRゴーグルで体験できる設定になっている。私の視界は、白い天井に支配されたが、それも束の間。すぐに男性が覆いかぶさってきた。VRゴーグル越しの視界は、白い天井を背景にして、男性でほぼ覆い尽くされた。
『優しくしてほしい?それとも激しく?』
低く妖艶な声で囁かれれば、どんな女性でも多少はときめいてしまいものではないだろうか。……私は、どっちでもいいけど。でも、そんな投げやりな選択肢は、この手のソフトに用意されてはいない。
「……ん……。」
私が選んだのは、『激しくして……!』という、もう何が何なんだかよく分からない選択肢。
「ハハ……。」
自嘲気味な、乾いた笑いが口から漏れる。こんな光景は、誰にも見せられない。