第36章 心
この部屋に訪れるのも、これで何回目だろう。確実に、両手の指では足りないぐらいはお邪魔している。初めてこの部屋に来たのは―――――あぁ、そうだった。私がトレーニングルームで秀星くんと狡噛さんの話を聞いてたら何でか分からないけど涙が出てきて。それで秀星くんが、初めてこの部屋に私を招待してくれたんだっけ。あの時は、まだ「かがりさん」って呼んでたような。ほんの数か月前のことなのに、遠い過去のことみたいに思えてくるのが不思議。今もそこにあるピンボールに触らせてもらったり、初めて秀星くんの「料理」を食べさせてもらったりした。今でこそ私の中ですっかり定着している「秀星くん」っていう呼び名だって、初めてこの部屋にお邪魔した時に、秀星くんから呼ぶように言われたんだっけ。秀星くんは、初めから私のことを下の名前で呼んでたような気がするけど。それから、ちょくちょく私が秀星くんの部屋にお邪魔するようになって、たくさんお話して、たくさん「料理」をご馳走になって……、あとは、まぁ、それなりにえっちなこととかも、……。って、私ってば何考えてんの!……。……今は、もうそんなこと無いのに、私の頭の中でそんなこと考えたって、意味無いのに。
そんなことをぼーっと考えていたら、お風呂上がりの秀星くんが、タオルで頭をわしゃわしゃと拭きながら歩いてきた。あぁ、そのタオル、使ってくれてるんだ。嬉しいな。
「ん~、お待たせ。えっと……、どうする?悠里ちゃん、その……、今晩……。」
秀星くんは、私から視線を微妙に逸らしながら、迷いがちに言葉を紡いだ。どうする、っていうのは、どう解釈したらいいのかな。もう帰ってほしいっていうこと?それとも、もう少し私をこの部屋にいさせてくれる気持ちがあるの?迷いがちな秀星くんの言葉と表情から、それを読み取ることは難しい。でも、退院したばかりで、これ以上秀星くんに気を遣わせるのも悪い。今日のところは、帰った方が迷惑にならないかもしれない。
「あ……、うん。退院したばかりだし、ゆっくり休んだ方がいいよね。私、もう帰るね?今日もごちそうさまでした。また来るね!」
私は、ソファーから立ち上がった。本当は、もう少し秀星くんといたいけど、仕方ない。私は秀星くんに背を向けて、出口へ向かおうとした。
「っ、……悠里ちゃん、……。」
秀星くんの小さな声。その声に振り返る。