第36章 心
涙が、止まらない。私は、秀星くんにしがみつきながら、秀星くんの肩口に自分の顔を押し付けて、涙を流している。……本当は、押しつぶされそうだったんだ。気が気じゃなかったんだ。先生から、秀星くんが怪我をして入院したって聞いた時から。もう、頭がおかしくなりそうだった。――――――秀星くんは『執行官』だ。私は、『執行官』の仕事内容なんて、あまり知らない。いや、漠然とは知っているんだけど、それ以上に知ろうとはしなかった。理由は簡単。怖かったからだ。秀星くんが私の前からいなくなってしまう現実を想定しなければならなくなるのが、怖かったんだ。私は、狡い人間なんだ。現実から目を逸らして、秀星くんから「与えられること」ばかりに甘んじている、狡い人間なんだ。それが、今回秀星くんが『お仕事』で大怪我をして入院したことでやっと、そこから目を背けられなくなった、それだけのこと。だから、今私がこうやって流している涙は、一体何なんだろう?――――秀星くんの無事に安堵した涙?それとも、現実を直視したことに対する恐怖?不甲斐無い私自身に対する悔しさ?
それでも、秀星くんは、私を拒絶することなく優しく受け止め続けてくれている。
しばらく経って、だいぶ落ち着いてきた私は、そっと秀星くんから顔を離す。泣き顔を見られるのは恥ずかしいけど、いつまでも秀星くんにしがみついているのだって、充分に恥ずかしい。
「悠里ちゃん、大丈夫?」
私は、秀星くんから体を離して、顔を下に向けたまま1歩下がった。
「っ……、ごめんなさい、秀星くん。」
「いーよ。」
秀星くんは、それだけ言うと、私の頭に手を乗せて、そのまま撫でてくれた。それだけで、私は安心する。私がゆっくりと顔を上げると、秀星くんと目が合った。恥ずかしいよりも先に、秀星くんの左目すぐ横にある絆創膏が目に入った。
「秀星くん、目……」
「あー……、怪我、かな……」
秀星くんは、少しばつが悪そうに、目を逸らした。
「……、そ、っか……。」
「それより、メシにしよーよ。今晩は、久し振りに悠里ちゃんが来るってんで、いつもより気合い入れてるからさ!」