第36章 心
昨日、秀星くんが退院した。
本当は、すぐにでも会いに行きたかったけど、昨日は退院直後だというのに、遅くまで『お仕事』だったらしい。だから、1日遅れで、今日が退院祝い。退院祝いって言っても、私はまた秀星くんのお部屋に行くだけで、今日も秀星くんが「料理」を作ってくれるらしい。流石にそれは申し訳ないので、丁寧に断ろうとしたけど、久し振りに私と食事できるのが嬉しいから、と押し切られてしまった。私だって、秀星くんにそんなふうに言われてしまえば、もう断るなんて出来なかった。だからせめて、ちょっとしたお菓子を手に、扉の前に立っている。
久々の、秀星くんのお部屋。理由もないのに緊張してる。秀星くん、退院したって連絡はあったけど、まだ傷が痛んだりするんじゃないだろうか。先生だって、結構な怪我みたいなことを言っていたし。呼び鈴を押すべく伸ばした私の指先は、微かに震えていた。
呼び鈴が鳴って、秀星くんの明るい声が響く。
「入って入って~!俺、今キッチンだから!」
――――声は、いつも通りだ。お言葉に甘えて、部屋の中に入っていく。私の歩みは、自然と早まる。
キッチンまで、さほど距離も無いのに、私の足はもう止まらなかった。私は、走り始めていた。
「……悠里ちゃ~ん?」
私の足音が大きいことに気が付いたのだろう。秀星くんが、少し驚いた顔でこちらを見ている。――――秀星くんだ。久し振りの、秀星くんだ。目頭が熱くなる。もう、止められない。キッチンで作業中だというのにもお構いなく、私は秀星くんに飛び付いた。秀星くんは、驚きこそしたものの、黙って私を受け止めてくれた。秀星くんが持っていた菜箸が落ちる。やけに乾いた音だった。
「――――ちょっ!?悠里、ちゃ―――――!?」
私は、無言のまま、秀星くんに回した腕に力を込める。力を込めてから、傷が痛んだりしたらどうしようかなんて考えが頭をよぎったが、もう今更止められない。
「――――――……。悠里、ちゃん……?」
「……そんなに俺が恋しかったの?」
いつもの軽口。ひょうきんな声。
「……悠里ちゃん?」
「……っ、っく……」