第3章 涙
そんな私の微妙な心情を察してくれたのかは分からないけれど、狡噛さんは私を気にしないかのように、それでいて無視するわけでもない雰囲気で、煙草に口を付けている。狡噛さんは再び息を吐いて、私を視界に収めることなく口を開いた。
「別に、執行官――――いや、『潜在犯』だからって、そう気を遣わなくていい。」
「ぅ、う―――――?」
口調こそさらりとしたものだが、絶妙だった。狡噛さんは、素知らぬ素振りをしているが、私の考えていることぐらい、簡単に見通しているのかもしれない。やっぱり、この人は気の利く人なのだと思う。見た目は不愛想で、どことなく張り詰めた雰囲気を漂わせているけれど、心の奥底は優しい人なのかもしれない。
「俺だってもう、『潜在犯』になって何年も経つが、アンタみたいに接してくる『一般市民』の方が寧ろ圧倒的少数派だよ。」
言われている意味がよく分からない。でも多分、貶されてはいないから大丈夫と信じたい。
「そーそー!『健康な市民』なのに、ちゃんと俺らを『人間』扱いしようとしてくれる悠里ちゃんみたいなのって、相当貴重な存在よ?」
頭をガツンと殴られたような衝撃とは、こういうことを指すのだろう。かがりさんの口調は軽いものだが、内容はもうどうしようもなく、重い。
「『人間』扱い……って、そんな……」
大袈裟ですよ、なんて、口が裂けても言えなかった。執行官のことはよく知らなくても、『潜在犯』というものが、この社会の中でどのような扱いを受けているか、『一般人』としてその一部しか知りえない私ですら、言えるはずもなかった。こんなとき、目の前の『人間』に、どのように返答するのが正解ですか?私の頭には、高等教育課程を卒業した私の頭には、全く答えが浮かびません。解答欄は見事なまでに白紙のまま。これが筆記テストだったら、私は最下位、落第確定。
私は俯いて黙ることしかできない自分が情けなくて仕方がない。謝るべき?それなら誰に?何のために?自分が許されるためだけに?これじゃあ、最下位どころか、最低。不甲斐無さに涙が出そう。