第2章 迷い蝶
「……なんか、ごめんなさい。私が道に迷ったばっかりに、こんな……」
そのあとの言葉も、続かなかった。――――――「こんな」何?私の態度でかがりさんを不快にさせて、それでも案内してもらった挙げ句、監視官さんに余計なことまで言わせてしまった。かがりさんは気にしていない風だったけど、内心では分からない。でも、きっと良い気はしなかったはずだ。――――――言葉が続かないんじゃない。言葉にしないことで、私は私を守っている。自分の狡い部分がはっきりと見えたようで、どうしようもない気分になった。自己嫌悪。結局、さっき謝ったのだって、もしかしたら目の前のかがりさんがすぐに許してくれるかも、なんて思っていたからかもしれない。私は相変わらず、顔を下に向けて、自分を庇っている。
かがりさんは、黙っている。でも、今度は気まずさよりも自己嫌悪から来る焦燥感の方が勝っていた。
「今日は、本当にごめ―――――!」
「俺さ、」
今度はかがりさんが私の言葉を遮るようにして。
かがりさんが話し始めた途端、私が言おうとした言葉なんて、はじめから無かったみたいに、どこかへ消えていった。
「さっきも言っちゃったけどさ、そういうふうに『人』から言われたこと無いから、どう反応していいか、分かんないんだって。」
かがりさんの声には、さっきよりもたくさんの感情がぐちゃぐちゃになって滲んでいた。――――『人』から言われたことがない――――先程は特に気にならなかったけれど、今は何となく、言わんとしていることが分かった気がした。同時に、さっきの監視官さんの言葉が私の脳内に強烈によみがえってきた。
―――「もっと自分の立場というものを自覚しろ」
――――彼は、かがりさんは、―――――『自分』は、或いは『自分たち潜在犯』は、この『社会』において『人』ではないということぐらい、悲しいほどに自覚している。