第2章 迷い蝶
「いえ、チャラなんかじゃないです。私、うまく言えないですけど、人として間違ってたかもって、思いました。目の前にいるのは、同じ人間なのに、『潜在犯』かもって思った瞬間に、初対面なのに不自然な態度取ったりなんかして。」
彼はポカンとするどころか、茫然とした顔でこちらを見ているが、構わず話し続けることにした。
「それに、檻とかケダモノとか、そんなのって、その、……」
ここからは、言葉が続かなかった。自分の考えがまとまらない。心の中に引っかかり続けているモヤモヤを、うまく言葉として処理できない。でも、せめてその代わりに、今度はなけなしの気合と勇気を振り絞って、顔を上げて彼の目を見る。
「……なんか、俺、そういうふうに人から言われたこと無いから、こっちこそ、どう反応していいか、分かんねぇよ。」
彼は、数秒の後、視線を横に逸らして頬を人差し指で掻きながら、呟いた。その声には、諦観と自嘲、そしてほんの少しの興奮がぐちゃぐちゃに滲んでいたように聞こえた。それがどうして、その言葉は、私の耳に残るようにして響いた。
「ねぇ、アンタ、名前は?」
次に彼の口から発せられた言葉は、最初のように、ひょうきんでおちゃらけた感じそのものだった。
「月島……、月島悠里です。1か月ほど前から、管財課さんにお世話になってます。えっと、あなたは……?」
「公安局刑事課一係所属、執行官の縢秀星。」
そう言って、彼―――かがりしゅうせいさんは軽く笑って見せた。かがり、しゅうせい。どんな字を書くのか、難しそうで、漢字までは頭に思い浮かばなかったが、とてもきれいな名前だと思った。
「んじゃ、ギノさんも戻って来た頃だろうし?行きますか!」
どうやら、かがりさんは刑事課まで送ってくれるらしい。
「よろしくお願いします。」
かがりさんは、私が抱えている荷物の宛名を見て、「ギノさん宛てだけど、中身は多分コウちゃんのかな~」と呟いていた。監視官さんの名前は、『ギノさん』なのかな?それとも、あだ名か何か?