第2章 迷い蝶
「……ヤだな、冗談、冗談。何?ははーん、もしかしてここで殴られちゃうかも~とか、思った?公安局の中でも、そういう目で見られんのなんて、俺ら慣れっこだし、気にしてないって!」
きっちり2秒ほど間が空いてから、漸く彼は口を開いた。口調は陽気なまま、滑らかに紡ぎ出された言葉。口調は軽いのに、何かが私の中に、重い。
「慣れっ、こ?」
やってしまった。とか私が思ったときには時既に遅し。私は、引っかかったフレーズを、無意識に口にしてしまっていた。一方の彼は、ばつが悪そうに口を開いた。私は、正直もうこの場から消えたいと思ったが、自分の口から出た言葉は取り消せない。
「俺は――――いや、俺たち執行官は、この健全な社会に暮らす『健康な市民』様達から見りゃ、間違いなく『潜在犯』だぜ?外へ出た時だけじゃない、公安局の中でも、俺らは『潜在犯』。檻の中にいる首輪付きのケダモノっしょ?だから、こんなの日常茶飯事。だからホラ、……まぁ、何?俺も大人気なかったし、まぁ、お互いチャラってことで!アンタ、お遣いの途中なんでしょ?こんなところで『潜在犯』に油売ってちゃ、大事なキャリアが泣くって!」
……何だろう、全然チャラじゃない。うまく考えがまとまらないけど、よく分からないけど、多分、全然チャラじゃない。直感的にそう思った。きっと、この人とこうして話すことは、もう機会がないだろう。だから、迷惑と思われてもいいや。ここまで来たら、思ったことを言ってみよう。