第14章 『執行官』 Ⅰ
「別に、普通の市民が知ることでもないさ。」
狡噛さんは、私が言い終える前に、穏やかな口調で言い放った。
「え?」
「別に、知りたいと思うのは自由だが、縢のことは別として―――――普通に暮らす市民が、『潜在犯』だの『執行官』だのに詳しくなったところで、何のメリットもない。寧ろ、下手に色々知り過ぎると、色相が濁ることになる。最悪、犯罪係数のポイントだって上昇しかねない。この社会に暮らす市民は、自分たちの生活がどのように成り立っているのか、それを知らないからこそ、『健康』な『サイコ=パス』でいられる。」
「狡噛さん……?」
「この『社会』は、そこに暮らす全ての人間の幸福を実現するための『社会』じゃない。「最大多数の最大幸福」を前提として、「最小リソースによる最大効率の成果」を追求し続けている『社会』だ。俺たち『執行官』は――――いや、この『社会』を構成する駒である『市民』は、知らないでいた方がいいことが山ほどある。」
狡噛さんの言っていることは、難し過ぎて、私がすぐに全てを理解することなんて無理だった。
「だから、下手に首を突っ込もうとするな。不必要なことを知ったことが切っ掛けで、最悪アンタが『潜在犯』に堕ちる可能性だって出てくる。そうなったら、「二度と戻れない」。更生施設なんて、アテにならないぜ。」
狡噛さんは、口元にニヒルな笑みを浮かべた。
どこで聞いたかまでは覚えていないが、やっぱり、そうなんだ。『更生施設』は、『更生』と名前が付くだけで、そこから『社会』復帰できることはほとんどない、と聞いたことがある。でも私は確かに、教育課程で、『潜在犯』も、施設で適切な治療を受ければ『社会』復帰できると聞かされた。今でもはっきり覚えている。
「こ、狡噛さん――――――?」
何かに気付いた私に、狡噛さんはさらに追い打ちをかけた。
「勘のいいアンタなら気付いただろ。一事が万事、だ。」
「何ですか、それ。」
「そういう事だよ。」
狡噛さんは、事も無げにしている。狡噛さんは、どこからともなく煙草とライターを取り出して、火をつけた。私は、その煙を見ながら、さっきまで一緒にいた秀星くんのことを思い出した。