第14章 『執行官』 Ⅰ
「また備品のチェックか?大変だな、管財課も。」
狡噛さんがこっちに歩いてきた。身に着けたTシャツは、汗でびっしょりと濡れていた。どうやら、ミネラルウォーターを取りに来たらしい。ペットボトルを手にすると、私の近くに並ぶようにして立って、中身を勢いよく飲み干した。
「いえ、そういうわけでもないんですけど……」
自分で言っておきながら、言葉が続かない。嘘を並べるのは好きじゃないし、仮にいい加減なことを言っても、この人の眼光の前には、無意味な気もした。
「縢はどうした?」
狡噛さんの言葉に、びくっとしてしまった。まさか、ここで秀星くんの名前がでるとは思わなかったから。あ、でも、狡噛さんは秀星くんの同僚なんだから、名前ぐらい出すのは当たり前?
「え?しゅ……いえ、縢さん、ですか?」
―――――いけない。秀星くんって呼びかけて、慌てて呼び方を戻す。
「アイツ、今日はアンタとメシだって喜んでたからな。行ってやらなくていいのか?」
嬉しいな。職場の人にまで、私の話をしてくれてたんだ。でも、秀星くんは私に「帰って」って言った。
「えっと……。実はもう、縢さんのお部屋に行って、一緒に夕食を食べたんです。」
狡噛さんは、無言で汗を拭っていた。
「でも、私、縢さんに、「帰って」って言われてしまったんです。」
別に、ここまで狡噛さんに言う必要はないけど、口をついて出てしまった。誰かに話してしまいたかったのかもしれない。私は、つとめて明るい表情で言ったけど、多分ちゃんと笑えてない。それ以前に、狡噛さんは私の顔も見ないだろうけど。
「そうか。」
短く放たれた言葉は、その言葉の長さに比例するかのように、何の感情も篭(こも)っていないようだった。
「私、何も知らないんです。縢さんのことも、『潜在犯』のことも、『執行官』のことも。知りたいって思うのに―――――」
一度口をついて出てしまったら、そのあとは、抑えが効きにくくなる。