第1章 情けない狼~土方歳三編~
葛葉が待つ部屋に入ると、いつものように「歳さん」と駆け寄って来て俺の腕に纏わり付いてくる。
「今日は旨そうな御手洗団子があったから買って来た。
食うか?」
「うん。お茶淹れるね。」
俺は腰を下ろして、手際良く茶を淹れる葛葉に目を細める。
「はい、歳さん。どうぞ。」
俺の前に膝を付いて茶を差し出す葛葉を、胡座をかいた膝の上に乗せて俺は懐から簪を取り出した。
紫陽花を象ったその簪がしゃらんと微かな音を発てる。
「団子屋の隣が小間物屋でな……お前に似合いそうだと思って。
……貰ってくれるか?」
葛葉は驚いたように俺を見つめていたが、その簪を手に取って大事そうに両手で胸に抱えた。
「ありがとう。……凄く嬉しい。」
「そうか…。喜んで貰えて良かった。
安物で申し訳ねえが……」
「ううん。大切にするね。ずっとずっと大切にする。」
そう言って葛葉はその簪を自分で髪に刺すと「似合う?」と微笑んだ。
「ああ…良く似合うぜ。」
女に贈り物をしたのなんてこれまで生きてきて初めてだ。
屯所を出る時に総司が言った言葉が影響してるのかもしれねえ。
葛葉に総司の相手なんてさせられるもんか。
こいつが他の男に目移りしねえように、俺の所に繋ぎ止めておきたいと思ったんだ。
そう考えたら俺は柄にもなく照れちまって、話を逸らすように団子の串を手に取った。
「食うか?……ほら。」
その串を葛葉に手渡そうとすると、葛葉は俺の手から直接団子を頬張った。
「美味しい。」
「おい、団子の蜜が着いてるぜ。全く…まだまだガキだな。」
そう言って指で拭ってやろうとした俺に向かって
「………ん」
と、葛葉が目を閉じて顔を差し出して来る。
……ガキだと言った途端にこれかよ。
こいつの素は本気で男を惑わせやがる。
口の端に着いている密をぺろりと舐め取ってやると、葛葉の腕が俺の首に回され初めて葛葉の方から口付けてきた。
「………んっ………んん……」
お互いを啄むように浅く何度も口付ける。
それでもまだ、葛葉を押し倒せないでいる俺は……本当に情けねえ男になっちまったようだ。