第1章 情けない狼~土方歳三編~
その日も急いで仕事を片付けて葛葉の元へ向かうべく屯所を出ようとした俺は、玄関先で総司と鉢合わせた。
「あれ…?土方さん、またお出掛け?」
面倒臭え奴に出会しちまったと思い、適当に誤魔化そうとした俺に総司はにやにやと笑いながらからかうように言った。
「葛葉ちゃん…だっけ?」
「なっ……お前、何で知ってんだ?」
俺が動揺を隠せないままに問い詰めると
「近藤さんに聞いちゃった。」
と楽しそうにけらけらと笑った。
ったく……近藤さんの馬鹿正直にも困ったもんだぜ。
「それにしても葛葉ちゃんって凄いよね。
この土方さんをこんなに夢中にさせるんだから…。」
「そんなんじゃねえよ。」
「僕も会ってみたいなあ……葛葉ちゃんに。
あ…花代払えば僕の相手もしてくれるよね?」
相変わらずにやにやとして、探るような視線を向ける総司を俺は睨み付けて言った。
「葛葉は駄目だ。あいつは俺のものだからな。」
それを聞いた総司は心底驚いたように目を見張り呟く。
「へえ……本当に凄いや、葛葉ちゃん。」
その後「じゃあ、頑張って来てね」と総司に見送られ屯所を出た。
頑張るも何も、俺と葛葉はまだ口付け以上に進んでねえ。
甘い菓子を食って、茶飲んで終わりだ。
何度も押し倒したい衝動に駆られたが、また葛葉に泣かれるのが怖くて何も出来ないでいる。
全く………これ程自分が情けねえと思った事は無いぜ。
壬生狼と呼ばれた新選組の鬼副長が、あんな小娘一人ものに出来ないなんてよ。
これだけは絶対に総司に知られる訳にはいかねえな。