第1章 情けない狼~土方歳三編~
それから時代の流れは怒濤の展開を迎え、新選組を取り巻く環境も益々きな臭くなっていった。
当然俺も忙しい日々を送る事となって、ずっと葛葉に会えないままだ。
そんな中、薩摩と旧幕府軍の一触即発が限界を迎え、もう戦は避けられない状況となり新選組も出陣の構えを見せる。
もう此処には戻って来られないかもしれねえ。
当然、命を落とす事だって有り得る。
最後に一目だけでも葛葉の顔を見て別れを告げたいと、俺は僅かな時間を作って見世へ行った。
部屋に通されて暫くすると「歳さんっ」と葛葉が満面の笑顔で飛び込んで来て
「ああ…やっと会えた。ずっと待ってたのに。」
まるで人に戯れつく猫のように、身体を擦り寄せて来る。
「寂しい思いをさせてすまなかったな。」
その折れそうな身体をそっと抱いてやってから、俺は覚悟を決めて声を絞り出した。
「今日は……別れを言いに来た。」
「……え?」
怯えたような目で俺を見上げる葛葉に胸が締め付けられる。
「俺は戦に出る。
多分もう此処には戻れねえ。死ぬかもしれねえ。」
「歳さん……?」
「葛葉…今までありがとな。お前に出会えて幸せだった。」
「…………嫌だ」
葛葉の瞳から堰を切ったように止めどなく涙が溢れ出した。
「そんなの嫌だっ……嫌っ……」
当然泣かれるだろうとは思っていたが、それでも目の前でこんなにも涙を流されるとどうにも耐えられねえ。
「頼む…泣かないでくれ。
お前に泣かれるのが俺は一番辛いんだ。」
俺が苦し気に懇願すると、葛葉は俺の襟元を両手で掴んで叫んだ。
「私も連れてって!」
「はあ?何言ってんだ。
戦に出るんだ。遊びに行く訳じゃねえ。
お前の面倒なんて見てられねえんだよ。」
「面倒なんて見てくれなくていいっ。
此処から連れ出してさえくれれば、一人で生きていくから。
すぐ歳さんに会える場所に居たいだけなの。
来てくれるのを待ってるだけなんて、もう嫌だっ!
だからっっ…」
俺を押し倒さんばかりの勢いで迫って来る葛葉の後頭を掴んで、その言葉の続きを飲み込むように激しく口付ける。
「……………んっ」
俺の襟元を掴む手が緩むのを待って、俺は葛葉の唇を解放した。