第1章 情けない狼~土方歳三編~
それから俺は時間が空けば、出来る限り葛葉の元へ通い詰めた。
只でさえ新選組の仕事で忙しい身だからそれ程頻繁じゃなかったが、毎回葛葉の喜びそうな甘い菓子を買い求めては持って行き、二人でその菓子を食べながら茶を飲んでは下らない話をする。
それだけだった。色っぽい事など何も無え。
だが、それでも葛葉に会える事を楽しみにしている自分が確かに其処に居た。
ある時、葛葉が突然切り出した。
「あのね……土方さんの事、歳さんって呼んでいい?」
「別に呼び方なんて何でも構わねえが……何だ、いきなり。」
葛葉は頬を桜色に染めて俯くと、恥ずかしそうに続ける。
「だって、皆が土方さんって呼ぶでしょ。君菊姐さんも。
だから私だけが歳さんって呼べたら……
独り占め出来るような気がして……」
その愛らしい姿を黙って見ていた俺の顔を、葛葉は上目遣いで不安気に見て言った。
「…………駄目?」
「構わねえって言ったろ。」
桜色の葛葉の頬をそっと撫でると、嬉しそうにふふと笑った。
「じゃあ、俺も一つ聞いていいか?」
「なあに?」と可愛らしく小首を傾げる。
「お前は俺に一目惚れしたと言ったが、俺のどこに惚れたんだ?」
葛葉は俺の問いが意外だと言うような表情をして
「顔。」
と即答した。
「……顔?俺の顔か?」
「そうだよ。
初めて歳さんを見掛けた時に、
何て綺麗な顔なんだろうって思って…
それからこんな綺麗な顔をしてる人は、
絶対心も綺麗なんだろうなあ…って思ったの。
ね……当たってたでしょ?」
何故か得意気な表情をして俺の顔を覗き込む葛葉の唇に、俺は啄むように口付けた。
驚いて身を引く葛葉をふわりと抱き締めて
「これくらいは許してくれ。」
そう耳元で囁くと、葛葉は俺の腕の中でこくりと頷いた。