第1章 情けない狼~土方歳三編~
その表情と掠れた声に俺の心臓がどくりと跳ね上がった。
おいおい…そんな手練手管、何処で覚えたんだよ。
いや、手練手管じゃねえな。
これがこの女の素なんだろう。
そんな葛葉を見て、俺も少しだけ別れ難いと思い始めた。
「分かった。朝まで居てやるよ。」
布団の脇に腰を下ろした俺に向かって
「…………ん」
葛葉が細い両腕を差し出す。
だから……煽るんじゃねえよ。
我慢出来なくなるかもしれねえぞ。
俺は自嘲気味に溜め息を吐いて葛葉の隣に潜り込むと、葛葉はすぐに俺の着物の襟を掴んで胸に頬を擦り寄せてきた。
腕枕をしてやって「もう眠れ」と声を掛けると、あっという間に葛葉の静かな寝息が俺の胸を擽り始める。
この土方歳三が女と一つの布団に入って何もしねえなんて考えられるか?
これまで抱いてくれと俺の前に身を投げ出してきた女共が知ったら、目を剥いて仰天するだろうぜ。
だけど……
俺の腕の中で安心したようにぐっすり眠っている葛葉の寝顔を見つめて
「これも……悪かねえ。」
そう呟いた。
「起こしちまったか…?」
朝になって帰り支度をしていた俺は、布団の中でもぞもぞと動き出した葛葉に声を掛けた。
「土方さん………」
「何だ?」
「また……会える?」
客に対する言葉遣いとは思えねえ言い種だが、それがまた葛葉の素を如実に表していて、そんな姿を俺に晒け出してくれる事が嬉しい。
「ああ…また来る。」
頬を撫でてやると、葛葉は擽ったそうに肩を竦めてにっこりと笑った。
葛葉をそのまま部屋に残し、見世を出ようとしていた俺の背後から君菊が声を掛けてきた。
「土方さん……葛葉は…?」
振り向くと君菊は心配で仕方がないといった目をして佇んでいる。
「ああ…存分に楽しませて貰った。ありがとな。」
俺の言葉に君菊は心から安堵した表情になって
「……お疲れ様で御座いました。」
と言ってから、深々と頭を下げた。