第3章 瞳をあけたままで~斎藤一編~
不知火が迎えに来る日を翌日に控えたその日、俺は予定通り巡察に出ていた。
何事も無く屯所に戻ると平助が転がり出て来る。
「一君……ごめんっ。」
平助は泣きそうな顔をして俺に掴み掛かりながら言った。
「時尾が……居なくなっちまった。」
「…何?どういう事だ。説明しろ、平助。」
俺が落ち着かせるような調子で問うと、平助は一つ息を吐いて話し出した。
「時尾……明日長州に帰っちまうだろ。
京での良い思い出なんか無いじゃん。
人質になって、兄さんは死んじまって……
挙げ句俺達に軟禁されてさ……。
だから少しだけでも楽しい思いをさせてやりたくて…
市中に連れ出したんだ。」
「それでどうした?」
穏やかな口調で平助の先の言葉を促す。
「時尾も楽しそうだったんだよ。笑ってたし。
俺もちゃんと時尾の手を引いてたんだ。
けど、急に浪士達の諍いに巻き込まれてさ…
気付いたら時尾の姿が見えなくて……… 」
平助は悔しそうに唇を噛んだ。
「本当にごめん。」
俺の顔をじっと見つめて謝る平助を責める事など出来なかった。
俺だって同じ気持ちだ。
時尾には僅かでも楽しい思いをさせてやりたかった。
優しい平助なら尚更だっただろう。
「平助が悔やむ事は無い。
時尾が一人で何処かへ行くなど先ず有り得ない。
長州の奴等に連れ去られたと考えるのが妥当だろう。
おそらくその浪士の諍いとやらも、お前の目を反らす為に
奴等が仕組んだ事かもしれん。」
平助は俺の言葉に力強く頷いた。
「それで、皆はどうした?」
「今、手分けして時尾を探してる。
俺は一君が戻って来るのを待ってたんだ。」
その時、左之が屯所に走り込んで来た。
「斎藤…戻ってたんだな。
時尾の居場所が分かったぜ。近江屋だ。」
「近江屋……」
「ああ…長州訛りの男達が女を連れ込んでるのを見た奴がいた。
今、総司がそっちに向かってる。」
「分かった。俺も近江屋へ向かう。
平助、お前も来い。」
「ああ。」