第3章 瞳をあけたままで~斎藤一編~
「……どういう事だ?」
時尾の言っている意味が分からず、俺は少し身体を乗り出して問い掛けた。
「兄は……死ぬ気でした。
私を安全な所まで逃がしたら、新選組へ出頭すると言っていました。」
「そうだったのか。」
「はい。
兄は私を人質に捕られて仕方無く間者になったけれど、
新選組で過ごす内に長州の言っている事が信じられなくなったと…
もう何が正しいのか分からないと…」
俺は無言で時尾の話の続きを待った。
「ならば俺は信じられる人に従う…
組長なら信じられるって……
兄の言う組長って……斎藤さんの事ですよね?」
「佐伯がそんな事を……。」
「新選組に戻れば多分粛清されるだろうけど、
でも…組長が死ねと言うのなら俺は喜んで死ねると…
兄はそう言っていました。」
佐伯が最期に吐き出した「くそっ…」という言葉は俺に対する悪態では無く、妹を救い切れなかった後悔、自ら出頭出来なかった無念を表していたのだと今更ながら気付かされた。
「だから……兄を斬ってくれたのが斎藤さんで良かった。
沖田さんでは無く、斎藤さんで良かった。」
時尾の声は震えていた。
涙こそ流してはいなかったが、それでも兄を亡くした悲しみを何とか自分の中で昇華させようと必死で耐えているように見えた。
「あんたに一つ約束しておく。」
時尾はぴくりと顔を上げる。
「今の話を聞いても、やはり俺は佐伯を斬った事に悔いは無い。
だが、その佐伯の想いの為にも……
俺はこれから先、命を賭けてあんたを守り抜く。」
「………はい。
兄の信じた人だから、私も斎藤さんを信じています。」
そう言って少し微笑んだ時尾を、俺はこの時初めて愛おしいと思っている事に気が付いた。