第2章 輝く意味~原田左之助編~
次の日の夕刻、俺の所に田島屋の遣いだという男が訪ねて来た。
一緒に来て欲しいと言われて、まあ断る理由も無いから付き合う事にするとその男が案内したのは島原の角屋で、通された部屋の中には品の良い中年男が待っていた。
「田島屋主人の田島伊兵衛と申します。
お呼び立てして申し訳ありません。」
中年男はそう言って丁寧に頭を下げる。
………操の父親か。
穏やかな雰囲気を纏った優しげな風貌だが、それでも目には強い光を湛えていてそれなりに修羅場を潜って来た様子が感じられる。
あれだけの大店を切り盛りしてるんだから、当然優しいだけじゃやって来られる訳ねえよな。
男は俺に酒を勧めてから
「単刀直入に申し上げます。」
と、話を切り出した。
「操を……私の娘を手放しては貰えませんか?」
男の真剣な目に射抜かれた俺は、こいつは誤魔化しは効かねえだろうと腹を括った。
「無責任な事を言うつもりはねえが…
俺とあんたの娘さんとは何でもねえんだよ。
将来の約束をした訳でも無いし、勿論手も出しちゃいねえ。
ただ…操の優しさに甘えちまった事は申し訳無いとは思ってる。」
「いいんですよ。良く分かっております。
大方、娘の方が勝手にあなたに熱を上げているんでしょう。」
困ったもんだというように男は笑った。
俺は虚を衝かれたように男を見つめる。
当然、俺が責められるべきだと思っていたのに、冷静な判断力で状況をきちんと把握しているこの男に俺は一目置いた。
「操は…遅くに出来た子でしてね、
そりゃあ可愛くて仕方無いです。
それでも甘やかすばかりでなく、ちゃんと躾てきました。
お陰で何処に出しても恥ずかしくない娘に
育ってくれたと思っております。」
少し遠い目をして語り出したその話に、俺は納得したように何度も頷いた。
「だから娘には幸せになって貰いたい。
娘が惚れた男と添い遂げさせてやりたい気持ちもあります。
ただ……私には捨てられない物が多過ぎる。」