第1章 情けない狼~土方歳三編~
一瞬俺は耳を疑ったが、呆れた様子を隠すでもなく返事をした。
「おいおい…何を血迷ってんだ。俺は旦那にはなれねえぜ。
それにまだこいつ、ガキじゃねえか。」
「幼顔だからそう見えますけど、
これでも葛葉は十六なんですよ。
島原で生きていく為に、男はんを知るには良い頃合いです。」
「十六かよ。俺には十二、三のガキにしか見えねえが…」
俺は驚いてまじまじと葛葉を見つめた。
その視線に気付いた葛葉は頬を紅く染めて俯く。
「『そういうの』が好きな男はんは大勢いらっしゃいます。」
そう言って君菊が探るような視線を向けてきた。
「い…いや、俺は違うぞ。ガキには興味はねえ。」
慌てて否定する俺を見て、また君菊はふふふ…と笑った。
「大体、何で俺なんだ?
水揚げならもっとちゃんとした御大尽を選んでやるのが
普通だろうが。」
「水揚げは土方さんに……っていうのは
葛葉たっての希望なんです。」
「……はあ?」
「どうやらこの娘、以前に土方さんを此処で見掛けて
一目惚れしちゃったみたいでね。
まあ、女に一目惚れされるのなんて
土方さんは慣れっこでしょうけど……。
というこちらの事情なので、勿論花代も要りません。
土方さんさえ引き受けて下さるのなら、
お部屋もご用意しますので……」
「君菊はそれでいいのか?一生に一度の水揚げだ。
見世だって稼ぐ良い機会だろ?」
俺の問いに君菊は、後ろに居る葛葉を慈しむように見つめて答えた。
「私は…この娘を禿の頃からずっと可愛がってきました。
最初のお相手くらい、葛葉の希望に添ってやりたいんですよ。」
「お前は?…本当にいいのか?」
今度は葛葉に向かってそう声を掛けると、恥ずかしそうにこくりと頷いた。
女にこうまで言われて、引き受けなきゃ男じゃねえよなあ。
正直、初物相手は初めてだが、折角の据え膳だ。
戴かない手はねえ。
久し振りに呑んだ酒の勢いも手伝って、俺は君菊の申し出を引き受ける事にした。