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薄桜鬼~いと小さき君の為に~

第1章 情けない狼~土方歳三編~


「あら、土方さんじゃないですか?随分とご無沙汰ですこと…」

宴席の場に現れたその芸妓は少し皮肉を込めてそう言うと、ころころと鈴の鳴るような涼やかな声で笑った。

「君菊か…。
 俺は元々、そんなに酒が好きじゃねえんだ。
 そんな嫌味を言われる程、通っちゃいねえだろうが。」

渋面で毒づく俺に君菊はまたころころと笑って

「嫌味だなんて、誤解ですよ。
 折角ですから楽しんでいって下さいましな。」

そう言いながら酌をした。


その日は近藤さんに付き添って、京まで出張ってきた会津藩のお偉方との会合とやらで島原に来ていた。

こんな席で会合も何もあったもんじゃねえと思うが、近藤さんの面子もあるし文句ばかりも言ってられねえ。

まあ、お偉方の相手は近藤さんに任せて、俺は少し離れた席で一人のんびりと呑ってるだけだが。


宴も闌といった所で、一通り場を盛り上げて一仕事終えた君菊がまた俺の前に腰を下ろした。

ふと目を向けると、いつ入って来たのか君菊の背後にもう一人芸妓が所在無げに座っている。

「葛葉…ご挨拶なさい。」

君菊に促されたその芸妓は、慣れない仕草で俺に向かって三つ指を付き

「葛葉と申します。以後、宜しゅう……」

と頭を下げた。

「ああ……宜しくな。
 でも、俺は上客じゃ無いぜ。此処には滅多に来ねえからな。」

「ふふ……あのね、今宵は土方さんにお願いがあるんですよ。」

意味深に微笑んだ君菊は、俺の方に顔を寄せて耳元で囁いた。

「葛葉の水揚げを……引き受けていただけませんか?」
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