第6章 愛しすぎている~風間千景編~
息を飲み、目を瞬かせる私の頬を千景の大きな手が優しく撫でる。
「それから……妾や玩具では無い。
我が妻として共に来いと言っているのだ。」
「…………馬鹿じゃないの?」
「何だと?」
もう抑えようも無い程に私の身体は大きく震えていた。
「貴方はやっぱり可笑しいわ。
何処にこんな下賤な女を妻にしようなんて男が居るのよ。
からかっているなら……もう止めて。」
私が千景の胸を押して、その腕の中から逃れようとすると
「我が妻に迎えようとする女を下賤呼ばわりとは何事だ。」
千景は僅かに怒気を孕んだ声色で言って、離れかけた私の身体を一層強く自分の胸に押し付けるように抱き寄せた。
千景の肌の温もりに、自分の頑なな心が少しずつ解けて行く。
「どうして……私なの?」
そっと千景を見上げると、その瞳にはまた僅かに悲哀の色が浮かんでいた。
「俺は……
欲しいと思ったものを諦めて、永遠に失ってしまうのは…
もう、御免だ。」
そうか…千景は『何か』を失ってしまったのだ。
きっとそれはとても大切なもので……その失くした隙間を私が埋めてあげたいと強く思った。
だってもう、私の隙間は千景で一杯だったから……。
「結……お前が欲しい。」
真っ直ぐに私を見つめる千景の視線を受け止めて、それでもまだ素直に頷けない自分が心底憎らしい。
「だって……怖いのよ。凄く怖い。」
「何を怖れる事が有る?
これから先、お前の側には常に俺が居るのだぞ。」
「でも……」
言いかけた私の唇を千景の長い指が塞いだ。
「もう良い。
お前の本心など、とうに分かっているのだから…。」
縋るように千景の胸に顔を埋めた私の後頭を優しく撫でながら……千景の口からまた同じ言葉が繰り返される。
「結……俺と共に来い。」
遂に私は千景の胸に抱かれて、こくこくと何度も頷いた。