第6章 愛しすぎている~風間千景編~
一通り見世に出る仕度を整えて私は自室で寛いでいた。
今夜も客なんか来ないだろう。
来たとしたってどうせ碌でも無い男だ。
これ迄何度も人を人として扱いもしない男達の相手をさせられて来た。
それでも此処に来たばかりの頃は辛くて悔しくて涙を流した事もあったけど、今ではもう涙すら出て来ない。
慣れというのは怖いものだ。
でも慣れてしまわないと此処ではやって行けない。
私には此処以外に居場所なんて無いのだから。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、店主が勢い良く部屋に飛び込んで来た。
「偉い事になった」と興奮頻りで捲し立てる。
一体何事だろうと店主へ目を向けると、その手にはこれ迄見た事もない金が握られていた。
「……どうしたの、それ?」
私はごくりと喉を鳴らして聞いた。
「今、入って来た客の金だ。
ありゃあ、何処か田舎大名の道楽息子だな。
女を一人呼べと言ってる。」
ああ……珍しく金払いの良い客に興奮してるのか。
あんたは単純に喜んでいるけど、その相手をさせられる此方の身にもなって欲しいものだ。
しかも金に執着の無い道楽息子相手なんて、どんな事をさせられるのか分かったもんじゃないのに…。
私は大きな溜め息を吐きながら立ち上がった。
「うちで一番の女を寄越すと言ってある。
何時もみたいな蓮っ葉な態度を取るんじゃねえぞ。」
うちで一番の女って……女なんてこの見世には私一人しか居ないじゃない。
「あの客がお前を気に入って
常連になってくれでもしたら儲けもんだ。
酌をするだけでいいと言っちゃいるが、
何とか手練手管を使ってものにしろ。」
店主は真剣な顔をして私を煽り立てる。
「はいはい。分かりました。」
私はそれを話半分に聞き流しながら、その男が待つ部屋へ向かった。