第5章 僕は風 君は空~沖田総司編~
屯所の広間に敷かれた布団に有希ちゃんが目を閉じて横たわっている。
布団を掛けられているから顔しか見えないけど、何故か有希ちゃんの顔は泥で汚れていた。
目を真っ赤にした近藤さん、その隣には悲痛に顔を歪める土方さんが居て……広間の角には胡座をかいて肩を震わせながら俯く新八さんも居る。
其処に僕より遅れて到着した左之さんと松本先生が息を切らせて入って来た。
「有希ちゃん……どうしたの?」
僕が有希ちゃんに近付こうとすると、左之さんの手が僕の肩を掴んでその場に押し留める。
その間に松本先生が有希ちゃんの傍らに屈み込んで………ゆっくりと首を横に振った。
「何で……?これ………何?」
左之さんの手を振り払い、有希ちゃんの横に膝を付いた僕がその泥だらけの頬に触れるとまるで人形のように冷たかった。
その有り得ない冷たさに驚いて、僕の手はびくりと強張る。
「……総司。」
そのまま動けないでいた僕の側に左之さんが近付いて来た。
「有希ちゃん……泥だらけだ。」
僕がそう呟くと
「雨の中、屯所の前に転がされていた。
清めてやろうと思ったんだが、
お前以外の男が有希に触れるのはどうにも躊躇われてな。
だから…お前が綺麗にしてやれ。」
土方さんが強く絞った手拭いを差し出す。
それを受け取って僕は有希ちゃんの顔を丁寧に拭き清めた。
こびりついていた泥を全て拭き取ると、傷一つ無い何時も通りの有希ちゃんの寝顔に戻る。
「これで良し。元通り綺麗になったよ。
じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
僕がそう言っても有希ちゃんは起きてくれない。
「有希ちゃん…ほら、起きて。」
有希ちゃんの身体を少し揺すってみる。
でもまだ起きてくれない。
「有希ちゃん……僕と一緒に帰ろうよ。
ねえ……帰ろう?」
「止めろ……総司っ。」
左之さんが低い声を絞り出して、必死に有希ちゃんを揺すり続ける僕の両肩を抱えた。