第7章 鈴虫
ススキがゆらゆらと揺れている。
鈴虫たちの声が夜空に響く。
その虫の音はいつも以上にあなたを思い起こさせて、会いたくて会いたくて、仕方なくさせる。
泣いてばかりの私に、彼からお守りだって渡された鈴。鳴らしてみた。
鈴虫たちの唄に負けぬように。飲み込まれぬように。
ずっとずっと、窓越しに夜の空に祈っていた。
まるで絵の具を広げたような紺碧の空に、絵の具で足したような雲。点でちょこんと星を足したら、最後は月を描く。
秋の月は絵の具で描けてしまいそうなくらい、くっきりと私たちを照らしてくれる。
呉軍が勝ったとの報が入る。
あなたを、待っている。
玄関で鈴の音が聞こえた。私は祈りを止め部屋の入り口まで走った。
甘寧が、笑みを浮かべてそこに立っている。逞しい体を抱きしめる。
抱きしめた衝撃で体に纏った鈴がりんと鳴った。鈴が互いの体に食い込む。
でもあなたを離したくない。
彼は私の額に、キスを。
「痛えだろ。離せ、ソラ」
無事だった。
背の高い彼の頬を、彼の逞しい肩と腕の刺青を撫でる。
傷の手当跡を見つける。打撲の跡が見える。
「毎回毎回泣いてんじゃねぇよ。俺が死ぬとでも思ってんのか」
甘寧はソラの涙をそっと拭う。
「いつも祈ってるんだよ」
「祈る必要ねぇって」
「おかえり」
「…へっ」
私は甘寧の腰にかかる鈴をそっと鳴らした。
彼は体に巻いた鈴を取り、大事にそっと床に置く。
甘寧が鈴を取る瞬間が好きだ。
私を強く、抱きしめる合図。
力強い抱擁とは正反対の甘いキス。
何度も何度も唇に降り注ぐ熱い温もりに、安堵と興奮で涙が溢れてくる。
「だから、泣くんじゃねぇよ」
甘寧は私のまぶたに、
まつ毛に、
涙に、
優しいキスを。
あなたの唇が、
にやりと笑う口元が、
鋭く光る目が、
あなたの呼吸が、
あなたの温もりが、
全てが、愛しいよ。
「ただいま」
耳元に感じる、彼の声。
どうかあなたの鈴を最後に鳴らすのは、私でありますように。
もっと強く、痛いくらいに、抱きしめていて。
あなたを、失いませんように。