第17章 Fact
ニノ君に電話をしてから、私はすぐに家に帰った。
ベランダを開けて、隣のベランダに渡る。
少し呼吸を整えてから、拳を握って窓を3回ノック。
いつもの合図のはずなのに、しばらく使っていなかったからなんだか懐かしい。
「いない、のかな…。」
閉まったカーテンの向こうは明かりもついていないようで、窓に耳を近づけても物音ひとつしなかった。
私は今度は表に出て、翔君の家の前にしゃがみこんだ。
翔君が帰ってくるまでこうしていれば、絶対会えるはず。
「小雨…?」
どのぐらいの時間そうしていただろう。
私はすっかり座り込み、抱えた膝の上に頭をもたせて眠ってしまっていたらしい。
辺りはすっかり暗くなっていて、街灯の眩しい光の下に私は入っていた。
肩を揺すられて顔を上げると、ぼんやりした視界に心配そうな翔君の顔が映りこんだ。
なんだか久々にちゃんと顔を見た気がして、私の脳は一気に覚醒した。
「何してんだよ、こんなとこで。風邪引くぞ。」
「あ、えっと…今日中に話しておきたいことがあるの。」
私は翔君に逃げられないように、すぐ本題に入れるようにした。
翔君は私が本当に話をしたがっているのを察して、場所を変えようと提案した。
何時間もしゃがみこんでいたからか、足のしびれや立ちくらみが酷く、よろけながら立ち上がると翔君は体を支えてくれた。
ほんのちょっと優しくしてくれただけなのに、私はまた決心が揺らぎそうになってネックレスを触る。
風船みたいに浮かんでいきそうなふわふわした気持ちが、ネックレスという錘で地面に着いた感じだった。
私達は人気の無い場所を選んで、いつかお花見をした公園の湖の畔に移動した。
そばのベンチに2人して腰掛ける。
「それで?話したいことって?」
「…うん。」
私はまた、ネックレスに触れる。
ちゃんと言わなきゃ。
大きく息を吸い込んで、1回で聞き取ってもらえるように、ハッキリと口を動かした。
「私、ニノ君と付き合い始めたよ。」
ザァ、と風に揺れる木々が葉を擦らせる音が響く。
翔君は風の音に紛れて小さく息を吐いた。
「やっぱりな。」
「…気付いてたの?」
「まぁな。確信は無かったけど。」
翔君も私も、目を合わせようとしない。
お互いに湖の方を向いて、ただ静かに短い言葉を交し合う。