第4章 不思議な力 【Type O】
某月某日。
今日は新曲の振り入れ…の、補習です…。
難しいと評判の智君の振り付けということで覚えるのにまず手こずり、更にメイドにモデルに忙しくしている私は復習する時間をあまり多く取れず、このままでは間に合わないと思った私は智君にすがり付いて、オフの日が重なったタイミングで個人レッスンをつけてもらっていた。
「ふぅ…。だいぶできてきたと思うよ、休憩にしようか。」
「ハァ、ハァ…うん。ありがとう。」
事務所のレッスン室。
全面鏡張りで、どこから見ても自分の姿が確認できる。
今日の私はこのダンス練習だけなので女の子のまま。
とはいえ汗だくになることも見越していたので、化粧気のない顔で前髪も全て上げているという干物スタイル。
こんな姿を晒せるのはメンバーの前だけ。
私は鏡の前に置いておいたタオルを拾い上げて汗を拭うと、そのまま鏡に背を向けて座りこみ、水を飲んだ。
智君も同じように隣に座って水を飲む。
「…ぷはっ!染みる~!」
「小雨、おっさんみてぇ。」
「本物のおっさんに言われたくない。」
「おっさんか~?」
「いやいや、大ちゃんだ~!…って、何言わせるの!」
そうやってじゃれあって、『古い曲もだいぶ覚えたな~』なんて1人で感慨深くなる。
「嵐、全曲ライブとかやってみたいなぁ。」
「えぇ~!全曲~!?」
私がふと口にしてみた願望をストレートに受け止め、智君は心底驚いた声を出している。
「あ、いや、だいぶ曲覚えたな~って思って言ってみただけで…いや、でもやりたいのは事実だけど!
も、もちろんやるとしてもフルは時間的に厳しいと思うから…メドレーにしたりミックスしたりして!」
「あ~…なんだ!ビックリした…1日かかっても終わらないと思ったよ…。」
智君は24時間踊り続けるところを想像したのか、肩を抱いて小さく身震いした。
「で、でもさ、どの曲も大好きだから…今の夢…っていうか、野望?…うん、とにかく、やってみたいんだ。」
床に置いたペットボトルをくるくる回して遊びながら、今の自分が密かに温めていた願いを溢した。
コンサートを重ねてきて、分かったこと。
どのコンサートも、終わってみると「あれもやりたかった、これもやりたかった。」になっている。
だからいっそのこと、全曲やってしまえば悔いはないよね。