第7章 昔の女
自分の中の執着心に気がついたのは、彼女が逃げ出したとき。
ただの薬剤師、連れ戻すなんて馬鹿げてる。以前の自分じゃ考えられない。
もし小舟が転覆してたら、と考えたときの感情は今まで感じたことのないほどの恐怖。
守りたい、と強く願ったのは、彼女が海軍に追われる様を目の当たりにしたとき。
殴られ、馬乗りにされる彼女を見て、あれほど殺意が湧いたのは、いつ以来か。
愛しい、と思ったのは…。
泣いたとき、
笑ったとき、
恥じらったとき、
怒ったとき、
声を、聞いたとき--。
ありすぎてわからない。
これをどこで『恋』と感じたか、覚えていない。
「さぁな。」
結局、メルディアの問いに答えてはやれない。
「…ふぅん、本気なのね。」
メルディアは少しだけ嬉しそうに笑った。
自分とローはよく似てたから。
心の深いところは誰にも見せないで、本気の恋なんて一生できない。そんなところが。
「それって、初恋じゃない。」
その甘酸っぱい響きに、ローは顔を歪めた。
「いいじゃない、初恋。……私もね、したわ。」
メルディアは少し自嘲気味に言った。
そんな彼女を横目で見やる。
「するもんじゃないわね、本気の恋なんて。目的を見失うだけだわ。」
グイと酒を一気に飲み干す。
「ねえ、ロー。あなたは、私のようにならないで。」
メルディアは悲しげに微笑み、飲み過ぎちゃった、と呟いて席を立った。
私はずっと恋してる。
あの人に…。
あの人の心を手に入れるためなら、
目的も、
夢も、
心だって、悪魔に売るわ。
だから、ロー。
あなたは、私のようにならないで。