第38章 シャボン玉の島
ローはキッチンの椅子に、少し疲れたようにぐったりと座っていた。
そんな自分の隣では、モモがしきりに話しかけ、一向に口を閉ざそうとしない。
彼女が未だかつて、こんなに饒舌になったことはあっただろうか。
「それでね、そもそもヤルキマン・マングローブの樹液の成分は…--」
キラキラした瞳で語りかけてくるけど、その話の内容を理解することは1時間ほど前に放棄した。
最初は真面目に聞いていたけど、内容のマニアックさと熱弁ぶりに、これは聞き流しておいた方がいいと早々に判断したのだ。
コハクが必死に止めようとした理由はこれか…と今になって理解した。
まったく、普段はローのことを警戒して、こんなに近づいてくることも、話しかけてくることもないくせに、ムカつく女だ。
いきいきとした瞳で興奮したように話す彼女が可愛らしい。
植物のことなんかじゃなく、普段からそうやって話しかけろよ。
ローの胸に、不満のような想いが溢れる。
この気持ちを、なんと言うのだろう。
「ねぇ、ロー。…聞いてる?」
ローの意識が反れたのがわかったのか、モモが不満げに腕を引っ張る。
「…聞いてる。」
いつもはそんなふうに触れてこないくせに。
なのにこんな時だけ距離を縮めることに躊躇いがなくて、なんなんだよお前。
俺をからかってるのか…?
モモにそんなつもりがないのは百も承知だが、あまりの豹変ぶりに拗ねたような気持ちになってしまう。
例えば、いつもそんなふうに触れてくれれば。
自分を求めてくれれば…。
そう想像するだけで、胸の内でくすぶっていた不満は急に満足するのであった。
「それから、ヤルキマン・マングローブの原種となった植物のことなんだけど…--。ロー、聞いてるの?」
またもや上の空のローに、モモは唇を尖らせた。
「……。」
可愛らしく突き出た唇。
ああ、もう。
お前が悪いんだ。
そんな距離で、そんな表情で。
俺を煽る、お前が悪い。
テーブルに手を突き、隣に座るモモの顔を引き寄せて、その尖らせた愛らしい唇に躊躇なく自分のソレを重ね合わせた。