第31章 旅立ちの風
『幸せって、目に見えない宝物だけど。』
ビュウゥゥ…。
「あれ…。キャプテーン! なんか、風向きが変わってきたよ!」
「…急にか? ッたく、これだからグランドラインの風はよくわからねェ。」
気まぐれな天候に何度振り回されたのとか。
「でも、良かったじゃないッスか。追い風ッスよ。」
「…ああ。」
確かに好都合だが、なぜだろうか。
風に背中を押されているような気がするのだ。
『憎しみって、あなたを傷つけるだけでしょ? …泣かないで。』
「よっしゃ、全速前進でいくぜー!」
張りつめられた帆が風を受けて速度が上がる。
ヒュルルル…。
優しく吹いた風が、ベポの、シャチの、ペンギンの、そしてローの頬を優しく撫でた。
その風が、まるで誰かの手のようで、無意識のうちに握り返す。
だけど当然、掴めるはずもなく…。
「どうしたの、キャプテン。」
そんなローの様子をベポが不思議そうに見つめた。
「……イヤ。なんでもねェよ。」
どうかしてる。
ただの風なのに、女の手に思えただなんて。
バカらしすぎて、誰にも言えたものじゃない。
それに自分は、幻覚を見るほど女を求めてはいないのだから。
女なんか、欲望を吐き出すための、その場しのぎの相手だろ。
モモがいなくなったこの船には、かつて彼女が愛したローはもういない。
彼女が愛した男は、彼女が傍にいたからこそ、生まれた男なのだ。