第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
「結婚式ってのは、やるべきなのか……?」
事の発端は、ローの一言から始まった。
海のど真ん中でぽつりと落ちたそれに、クルーたちは黙って振り向いた。
それはなんだ、自分たちに答えを求めているのか?と思いながら。
「どうだろうか。生憎、俺の周りには妻帯者がいないもんでな。」
最初に応えたのはジャンバール。
彼はその昔、一船を率いるキャプテンであったが、男所帯の船には独身者しか乗っていなかったらしい。
そもそも、1年の大半を船の上で過ごす海賊で、既婚者は限りなく少ない。
家族を捨ててきた者、上陸した島で女を孕ませた者ならば、数多くいる。
どちらにしても無責任な所業だが、海賊なんてそんなもの。
「結婚……。ていうか、結婚ってなんですかねぇ。」
根本的な問題に悩んだのはシャチ。
ローとモモの結婚を知らされたのは、つい先日のことだ。
失っていた記憶を取り戻し、空白の時間を埋めるように共に泣いて、笑顔で海へ旅立ってから告げられた。
結婚した、とだけ。
結婚は、良いことだ。
ローの伴侶となるべき女は、モモだけしかいないとローも仲間たちも思っている。
しかし、それならばなぜ今まで結婚をしなかったとのかといえば、簡単に言ってしまえば“意味がない”ことだからだ。
さて、結婚をするといくつか変わるものがある。
それは意識だったり、名前や環境だったり、世帯や税金だったりもする。
だが、海賊に関しては、そのほとんどが当てはまらない。
海賊の多くが、国籍を捨てた無国籍な人間だ。
ゆえに、税金はどこの国にも納めていないし、なんなら戸籍だってない。
フレバンス出身のローもまた然りで、戸籍なんて国と一緒に燃えている。
ちなみに戸籍は簡単に取得することもできるが、それはすなわち、船から降りて陸で暮らすことを意味する。
戸籍がないから書類上の名前は変わらず、環境も今までと変わらず、変わったのはせいぜい意識くらい。
世間ではそれを、事実婚と呼ぶ。