第52章 ハート
遠慮をするなとローは言ったが、彼は決してスター・エメラルドをモモの指に嵌めなかった。
他の男が贈った指輪を、特別な意味を持つ左薬指に嵌めるのが嫌だったのだろう。
モモもまた、そんな行為を今のローにさせてはいけないと思っている。
指輪をローに預ける決断だって、彼にとっては迷惑千万な我儘なのかもしれないけれど。
「お願い、ロー。あなたに持っていてほしいの。」
過去を忘れるわけじゃない。
でも、この指輪を薬指に嵌めていたら、過去の自分に縛られたままだと思うから。
少しの沈黙が流れたあと、折れたのはやっぱりローの方。
「……面倒くせェな。必要になったら、いつでも言えよ? 約束できるなら、預かっておいてやる。」
「うん、ありがとう。」
繊細な指輪を革紐に通したローは、乱雑に見せかけた丁寧な置き方で指輪を手離す。
その仕草に天邪鬼な一面を垣間見て、愛おしくなって微笑んだ。
「……なにを笑ってやがる。」
「ああ、ごめんなさい。ローが大好きだなって。」
「……ッ」
心臓が跳ねた。
こんな些細な告白ですら、彼の胸をときめかせる効果があるなんて、6年前も知らなかった。
「この……ッ、ああ、もういい。どうせ敵いやしねェ。」
反撃に転じようとしたローだけど、徒労に終わると察したのか、脱力した様子でモモの背中に腕を回した。
「覚えておけ。この先、俺が心臓を預けるやつは、後にも先にもモモだけだ。」
「うん。」
「お前の心臓も、永遠に返してやらない。」
「うん。」
死がふたりを分かつまで……なんて、まるで教会で誓う愛の言葉。
モモの薬指には、エメラルドのリングが戻らない。
でも、いいのだ。
もっともっと、身体の内から響く愛をもらったから。
規則正しく、時には荒ぶる愛の鼓動。
傍にいなくても、離れていても、決して切れない永久の鎖。
縛り、縛られ続けよう。
絶え間なく息づく、彼のハートに。