第52章 ハート
そう長くはない。
でも、今日という日がとてつもなく長く思えて、肌に触れたモモの温もりが久しぶりのように感じた。
モモの手は、この寒空の下で佇んでいたせいで、氷のように冷たい。
少しでも温められるよう、ぎゅっと力強く握り込んだが、血の気が引いた彼女の手が、ローの手を握り返すことはなかった。
「モモ、俺だ!」
返事は、ない。
切実に想う心は、モモのもとに届かなかった。
「……ッ」
堪らなくなって、モモの身体を抱き寄せる。
強く抱きしめれば、彼女の存在がよりいっそう近く感じられて、ローの心が揺れ動く。
吐く息で、伝わる熱で、ローが愛したキャラメル色の髪に降りかかった粉雪が解ける。
けれど、肝心なモモの心は凍ったまま動かない。
抱きしめ合った身体から伝わるのは、歌の振動だけ。
「くそ……ッ」
せっかくコラソンに力を借りたのに、自分が無力なせいで、すべてが無駄になってしまうのか。
このままモモを抱き上げて、船に連れ帰るのもいい。
だが、歌をやめない彼女と仲間たちは相容れず、その瞬間にハートの海賊団は崩壊の運命を辿る。
なら、どうすればいい。
モモも仲間も大切で、すべてを手に入れるには、どうすればいい。
『ロー、お前の愛ってのは、そんなもんなのか?』
後ろでコラソンが囁いてくる。
コラソンはローに精一杯の愛を与え、ローもそれに応えたが、どこか心が欠落した自分ではコラソンと同じようにはなれない。
『そんなことはねェさ。お前が愛情深い子だってこと、ずっと見守っていた俺ならわかる。』
「そんなもの、伝わらないなら意味がねェ……。」
声は届かず、抱きしめても伝わらない。
それ以上の想いの伝え方を、ローは知らなかった。
『そうか? ほかにもっと、あるんじゃねェか? 思い出せよ、俺の名前の意味を。』
「コラさんの名前?」
彼の名前はドンキホーテ・ロシナンテ。
だが、ドンキホーテファミリー内で“コラソン”を名乗っていたロシナンテは、その後もずっとローの中ではコラソンである。
ローの誇りである、コラソン。
彼の名前の意味は、ハートの海賊団の起源である。