第52章 ハート
明らかに怒りを帯びたローを前に、サカズキが意外そうな表情をした。
「……報告では、子供はクローンじゃと聞いとるが、その様子だと違うようじゃのォ。」
「クローン?」
一瞬、なんのことだと首を傾げたが、なるほど……コハクの考えそうなことである。
自分がモモの息子であると政府に露見すれば、たちまち価値が見い出されてしまう。
また、ローに愛情を持たれていると知られれば、人質に取られる可能性もある。
コハクが考え抜いた、必死の嘘。
「じゃが、もう遅い。子供はすでに始末したと報告を受けとる。……お前の部下もな。」
「てめェ……ッ」
ようやくわかった。
モモが受けた絶望とは、ローが死に、コハクが死に、仲間たちも死んだという衝撃事実。
ローだって、逆の立場だったら身を焦がすような怒りに燃え、命尽きるまで戦うだろう。
モモの場合、それが滅びの歌の開花に繋がっただけ。
(だが、俺は生きている。)
絶望とは、必ずしも真実ではない。
「モモ、歌をやめろ! 俺はここにいる!」
こちらを見てほしくて何度も呼び掛けるが、美しい金緑色の瞳はローの姿を映してくれない
「無駄じゃ……。その女は、もはや人間ではのうなった。殺戮を好む、狂気のセイレーン。」
「黙れ……! 殺すぞ……ッ!」
なにが人間じゃないだ、なにが殺戮を好むだ。
誰よりも心優しい彼女を変えたのは、狂わせたのは、正義の欠片もない世界政府だろうに。
「その怪物は、わしが始末してやるわい。それよりも、おどれは仲間の死でも看取ってやったらどうじゃ。どうせすぐに後を追う羽目になるじゃろうが、死に際くらい、間に合うかもしれんのォ。」
「……ッ」
ローは、自分の目で見たものしか信じない。
コハクが、仲間たちが死んだと聞いても、自分の手で触れ、心音の停止を確かめるまでは認めたりしない。
だからこそ、今この時、彼らのもとへ駆けつけることに意味がある。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれないと希望を抱いて。
だが、それすなわち、モモのもとを離れることを意味していた。