第52章 ハート
世界は鮮やかで、美しい。
そう思えたのは、あなたがいたから。
例え遠く離れていても、わたしのことを忘れ去っても、あなたが生きる世界こそが、眩いほどに美しい。
でも……。
それはもう、過去の話。
モモから表情が消えた。
ローが死に、仲間が死んだことで、心が壊れてしまったのかもしれない。
(哀れなもんじゃのォ……。)
冷酷無慈悲なサカズキにも、同情という感情は残されている。
目の前に立ち尽くしているのは、運命に翻弄された女。
もしセイレーンとして生まれてこなければ、ひとりの女として人並みの幸せを掴めただろうに。
はたまた、最初から政府に管理されていれば、くだらない希望など持たずに生きていけたはずだ。
「すべては、正義のためじゃ。」
己の正義を語ろうとも、夢と希望を失った金緑色の瞳は、虚ろに濁ってサカズキを映さない。
「……元帥!」
ばたばたと駆けつけてきたのは、不審爆発の原因を探るため、基地の外で調査していた海兵たち。
状況が飲み込めない海兵たちは、大慌てでサカズキに詰め寄る。
「これはいったい、どういうことなのでしょうか!? 基地が…、基地が跡形もなく焼けています!」
相次ぐ爆発音と、広がる炎。
出火場所が基地の方向であるとわかれば、海兵たちも調査などしてられない。
急いで基地に戻ってみれば、そこは一面焼け野原。
混乱するなと言う方がおかしい。
「そげなことで取り乱すな、みっともない。基地は、焼いた。ネズミを1匹始末するためにの。」
「ネ、ネズミですか……!?」
「なんじゃい、文句でもあるんか?」
焼けた基地からは、少なからず殉職者が出たはずだ。
当然、文句はあるに決まっている。
しかし、ここに立つのは恐れ多くも海軍元帥。
彼の成す行いはどんなことでも正義であり、異を唱える者に未来はない。
文句など、言えるはずもなかった。
「……元帥、こちらの女性は?」
サカズキの前には、見慣れぬ女。
なぜだろう。
長い髪をたなびかせ、無表情に佇む女に、そこはかとない恐怖を抱く。