第48章 欠けた力
冷たい大地にどれほど座り込んでいただろう。
目の前に白いハンカチが差し出されるまで、モモは少しも身じろぎできなかった。
視線を上げると、ハンカチの主はホーキンスで、いつの間にかキッドの姿は消えていた。
「これで拭け。」
受け取らないモモの手に、無理やりハンカチを握らせる。
(拭くって、どこを?)
ああ、顔か。
そういえば、泣いたんだっけ。
しかし、渡されたハンカチを顔に当てようとしたら、すかさず手首を掴まれた。
「……。」
無言のまま、ホーキンスはハンカチを取り上げ、それでモモの右手を拭った。
「……?」
しばらく、なぜ手を拭かれるのかわからなかった。
だけど、綺麗な布が赤黒く汚れていくのを見て、この手で遺体の臓腑に触れたことを思い出した。
モモが放心している間に、遺体はホーキンスの手によって土に戻されたようだ。
大事なことなのに、まったく手伝えなかったなんて最低。
「…十分だ、お前はよくやった。」
彼には心の声が聞こえるのだろうか。
爪の間まで丁寧に拭いながら、慰めるように言った。
(十分なんかじゃ…ない。)
だって、なにもできなかった。
原因を明らかにできても、なにもできないんじゃ意味がない。
「……キッドは?」
いなくなってしまったキッドの行方を尋ねる。
「キラーのところへ行ったのだろう。ヤツとて、口は悪いがお前を責めてはいない。」
「……。」
わかっている。
あの人が本当は優しいってこと。
厳しい言葉で責めるのは、モモを奮い立たせるためもあったが、悪役になってくれたのだ。
もしモモがみんなを救えなくても、気に病むことがないように。
巻き込まれた被害者だって思えるように。
(わたし、なにをやってるんだろ。)
今この瞬間、辛い思いをしているのは彼だ。
大切な仲間が苦しんでいるのを、なす術もなく見守るしかないキッドこそが辛いのに。
彼が泣かないのに、どうして自分が泣いていられるのか。
拭われていた手を引き、まだ腐臭が残るそれで目元を擦った。
「行きます、わたし。」
「どこへ?」
「…村に。これ以上、発症者が出ないように、みんなに知らせてきます。」
できることは、なんでもやらなきゃ。
例え、みんなを救えないんだとしても…。