第44章 剣と秘薬
ズキズキ…。
痛みの間隔は徐々に短くなり、やはり身体がもとに戻る前兆なのだと裏付ける。
こんな、ひとりの時に限って…。
つくづく自分は、トラブルに恵まれているらしい。
懸命に歩みを早めたおかげか、吹き抜けてくる風が潮の匂いを運んできた。
(海が近いんだわ…。)
どうしようか。
もとの身体に戻るまで、あとどのくらいの猶予がある?
もしそれほど時間がないのなら、このまま海で戻るのを待とうか。
その場合、心配したローの怒りは覚悟しなくてはいけないけど。
いよいよ海が近くなってきて、山の土にも海岸の砂がちらほら混じり始める。
(あとちょっと…。)
なけなしの体力を絞って、木々の間を駆け抜けた。
森を抜け、開けた海岸がモモを迎える。
その瞬間…。
ドン…!
なにかにぶつかり、尻餅をついた。
「いたた…。」
骨の軋みと重なって痛みも2倍。
お尻をさすっていると、上から男の声が降ってきた。
「なんじゃい、こげなところにガキがおるとは。」
声がして初めて、ぶつかったのが人だと気づいた。
海岸に人がいたなんて。
急いで謝罪の言葉を告げる。
「ご、ごめんなさ…--」
けれど、途中で声が喉に貼りついて止まる。
どうして…?
海から吹く風が、バタバタと男の服をはためかせる。
白い白い、大きな上着。
その見えない背に書かれた2文字の言葉を、モモは知っている。
ああ、なんでだろう。
彼らの恐ろしいさは、誰よりもわたしが知っていたはずなのに、どうして今まで忘れていたのか。
どうして早く、セイレーンであることをローに告げなかったのか。
どうして早く、その手を掴まなかったのか。
後悔とは、後で悔やむということ。
突風が吹いた。
無慈悲な風は、モモの帽子を飛ばして、その金緑色の瞳を男の前に晒す。
「おどれ、その瞳の色は…!」
男の目が、驚きに見開かれる。
ほら、後に悔やんだって、もう遅い。