第44章 剣と秘薬
「それにしても…。」
ローは改めてモモの姿を眺める。
「なぁに?」
「イヤ…、本当にガキみたいだな。」
中身はいつものモモなのだとわかっていても、今目の前にいる少女が同一人物だとはなかなか信じられない。
「そうね…。世界にこんな薬があったなんて、驚きだわ。」
「お前の知識で、なにかわかんねェのか?」
ローが言っているのは、ユグドラシルから授かった知恵のことだろう。
「残念だけど、今回のことはわからないわ。」
ユグドラシルの知恵は万能ではない。
授かったのは、世界樹にとってほんの一部の知識だ。
なんでもわかってしまったら、人は学ぶという努力をしなくなってしまうから。
「この姿、わたしが初めて海に出た時と同じ歳だわ。」
ただの偶然だろうけど、なんだか意味があるような気がして何気なく呟いた。
「……? お前、そんなガキの頃に海へ出たのか?」
初めて聞く事実に、ローは眉を跳ね上げた。
「あ…、うん。そうなの。」
考えてみれば“今の”ローには自分の過去をなにひとつ話していない。
両親を自分のせいで亡くしたこと。
海賊、海軍から逃げる日常。
海軍に捕らわれ、愛する人と出会ったこと。
初めて海賊になった日。
コハクの妊娠。
そして、別れ。
自分という人間を作っていった過去。
それをローは、なにひとつ知らない。
それなのに、こんなにも愛してくれる。
(そうよ、セイレーンのことだって…。)
1番話さなくちゃいけないことを、モモはまだ話せずにいる。
今、話すべき?
言えることを、すべて。
『結婚できるのは16歳からだもんな。』
ローは、モモがなにを言おうが、きっと受け入れてくれる。
でも…。
結婚。
その2文字がモモの決意を鈍らせる。
ただの冗談のはずだ。
それなのに、今事実を話して、ローに受け入れられるのが怖くなった。
「…そろそろ寝るわ。朝になったら元に戻っているといいわね。」
そう言って、モモは逃げた。
受け入れられるのが怖いから、愛されるのが怖いから、逃げてしまった。
あの頃の自分が、今の自分を見たらなんと言うだろう。
臆病者。
そう言うに違いない。
結局わたしは、いつまでも弱いままよ。
そんな自分が、嫌いだった。