第1章 第1話
「ひゃあ、……っ、うんっ……!んひゃあ、……気持ち、い、ひゃんっ!やめ、やめてっ……!」
薄暗がりのホテル内の一室で、女のあられもない嬌声が響く。鼻にかかったような声は、きっとこの女の作り声に違いない。しかも、「やめて」と言いながら、その直後にもっともっとと男に強請るのだ。これほどまでにあさましい二律背反が、この世のどこにあろうか。全く以って反吐が出る。しかしながら、反吐以上に、女の股ぐらからぬらぬらと光る液体が出てきていることは言うまでもない。男は不自然なまでに呼吸ひとつ乱さず、その細長い指で女の体をまさぐり続けている。女の目は少し蕩けた様な具合だが、この程度の肉体的快感で満足するような女でもなさそうなことは明らかだ。いよいよ女は痺れを切らしたのか、男の手首をゆるゆると掴み、そのまま自らの股へと連行する。
「ふふ。せっかちなのですね。積極的な貴女も素敵ですよ。」
「じ、じゃあ……!」
女の期待するような、それでいて縋るような目を確認した男は、女の額に可愛らしい音を立てて口づけを落とす。そして、とびっきりの甘い声で囁く。
「ええ。それでは、目を閉じてください。」
「ん……!」
女は呼吸をわずかに整えながら、言われたとおりに目を瞑る。そう。次に自らに訪れるはずの最上級の快楽に期待を寄せながら。
「では……。」
男の口角がつり上がる。それと同時に男の左手の甲に、禍々しい逆五芒星の紋様がくっきりと浮かび、10本すべての爪も漆黒に変色する。その後のことは語るべくもない。女は二度と再び目など開けるはずがない。なぜなら、女の魂は、この男によって喰われてしまったのだから。
「やはり、この程度ですね。」
この男―――いや、悪魔は、呆れたように呟くと、寸刻前までは渚であった肉塊に一瞥をくれる。同時に、これ以上女を視界に入れたくもないといった具合に、リネンでその肉塊を覆い尽くす。悪魔の瞳の中では、およそ尋常とは思えないほどの侮蔑と嫌悪とが妙な親和性を持って混じり合っていたことだろう。
「さて、口直しでもしたいところですが―――――」
悪魔は早々にベットから離れ、手早く身づくろいをする。とは言え、悪魔の衣服にはほとんど乱れた箇所など無かったのだが。そして、コンパクトにまとめられた荷物を持って、そのままその部屋を後にした。もはや、渚であった塊を見ようともせずに。